漁網滑動角の推定及び漁船復原性検討への応用


[要約]最近発生した沖合底曳網漁船の転覆事故においても袖網や魚の入ったコッドエンドの移動(漁網の積み付け・荷崩れ)が転覆の原因に挙げられている。本研究では動揺する船体上の漁網の運動を理論解析し、漁網滑動角を定量的に推定する計算式を導いた。また、実漁網を用いた検証実験を実施し、計算法の有効性を確認した。さらに、転覆事故を起こした底曳網漁船の復原性計算に漁網滑動の推定結果を応用し、事故時の漁網などの移動物の影響を明らかにした。

水産工学研究所・漁業生産工学部・安全性研究室

[連絡先]0479-44-5944

[推進会議]水産工学

[専門]漁船

[分類]研究


[背景・ねらい]

 船舶で貨物輸送を行う際、船体動揺により荷崩れを起こし、貨物や船体の損傷を引き起こすことから、SOLAS条約(「海上における人命の安全の為の国際条約」)をはじめ、各国で貨物の種類に応じてその積載方法に関する規則を設けている。漁船の場合は、甲板上搭載の漁網などは、固縛されていなければ動揺により移動し、船の復原性能を悪化させる可能性があると考えられる。漁網の重量は漁船の排水量に比べて無視できなく、さらに吸水して重量が増加し船体重心位置の上昇をきたすとともに、その移動に伴う傾斜モーメントは船体の復原性能を大きく左右する。最近の漁船海難の統計分析によれば、中大型漁船の転覆事故においては、漁獲物・漁具(漁網など)の積載方法、荷崩れが気象・海象の影響、過載、排水不良とともに主たる原因として挙げられている。また、漁網の移動が決定的な要因にならない場合でもそれによる傾斜がさらに海水打ち込みを誘発し、船を転覆に至らしめる事がある。従って漁網滑動のメカニズムを解明し、移動開始角(滑動角)を定量的に推定することは船体復原性能の評価上重要な課題である。本研究では、復原性検討・シミュレーション計算などに供しうる漁網滑動角推定法の確立をめざし、漁網の滑動運動の理論解析と実験の両面から検討を行った。

[成果の内容・特徴]

 本研究では、これまであまり定量的に評価されていなかった動揺する船体上の漁網滑動角に注目し、滑動運動の定式化を行い、滑動角の推定を試みた。また、実漁網と振動台を用いて実施した強制動揺試験の結果により、計算手法の妥当性を検証した。その結果、本推定法は少ないパラメータによる非常に簡便な方法にも拘わらず、船体横揺れの動的影響を正確に取り入れることが出来ることが分かった。これに基づいて漁網滑動角に及ぼす動揺周期、摩擦係数などの影響を考察する事が出来た。さらに最近転覆事故を起こした沖合底曳き網漁船について、漁網等の移動を考慮した復原性計算を通じて事故状況の検証を行い、転覆に与える漁網等の移動物による傾斜モーメントの影響を明らかにした。

[成果の活用面・留意点]

 本研究で開発した漁網滑動角の推定式は様々な漁船の漁網運動推定に応用出来るばかりでなく、転覆を伴うような大振幅運動のシミュレーション計算や復原性検討の際において、漁網の影響を定量的に考慮することが出来ると考える。また、その結果により、漁網の影響を考慮した漁船転覆のメカニズム解明にも役立つと期待される。

[具体的データ]

@漁網滑動角の推定式

 上式のように、漁網の滑動角は網と甲板の表面条件から決定される動摩擦係数(μ)及び動的影響を与える動揺周期(T)と網の船体重心上高さ(h)によって決定される。

A漁網滑動角の推定結果

図1 動揺する船体上の漁網の滑動角の推定(計算値と実験結果の比較)

計算値は実験結果を非常に良く説明し、計算式の妥当性が実証できた。短周期域では滑動角が小さくなり、船幅方向の慣性力が寄与していることを意味する。それに対して、10秒以上の長周期域では、ほぼ一定の角度になっている。また、網と甲板を水で濡らした状態(wet)では、摩擦係数が変化し、滑動角が2度ほど大きい値となったが、付加物の違いによるものと推測される。さらに詳細な考察により、長周期域における滑動角(一定値)は静的に傾斜させた時の停角で置き換えられることが分かった。

B漁網滑動を考慮した漁船復原性の検討結果

 左図に揚網時に転覆事故を起こした沖合底曳網漁船の事故状況の検証を示す。復原力(GZ1)と袖網やコッドの移動による傾斜モーメント(Dn)が示されているが、実質的な復原力は前者から後者を差し引いたものになるので、かなりの復原力低下になることが分かる。加えて事故時この船は右に急旋回し遠心力による傾斜モーメントが継続的に働いたため、復原能力を喪失し転覆に至ったと推定される。なお、ここで袖網などの滑動角は旋回中の横揺れ運動周期などを考慮して18度と推定した。

図2 復原力と漁網等の移動物による傾斜モーメント


[その他]

研究課題名:人的影響を考慮した漁船船体の安全性評価手法の開発

予算区分 :経常研究

研究期間 :平成13年度(平成13年〜17年)

研究担当者:馬 寧(漁業生産工学部安全性研究室)、山越康行(漁業生産工学部長)、鈴木四郎(漁業生産工学部船体研究室)

発表論文等:田口晴邦、石田茂資、渡辺巌、沢田博史、辻本勝、山越康行、馬寧:漁船「第五龍寶丸」転覆事故原因に関する検討、日本造船学会論文集、第190号(2001年)