プレスリリース

平成13年9月27日
独立行政法人水産総合研究センター
聞こえないイルカの声をキャッチ
-中国揚子江で小型イルカ(スナメリ)の音響探知に成功-


[要 旨]
 沈黙のイルカといわれるスナメリは、実は人間の耳には聞こえない超音波をひっきりなしに発して、ソナーであたりを探索しています。独立行政法人水産総合研究センター(理事長 畑中 寛)では、この超音波鳴音を利用して、イルカの存在を自動観測できるシステムを開発しました。夜間でも無人で観測できるため、日本沿岸に生息するイルカだけでなく、河のパンダと呼ばれ絶滅が危惧される中国のヨウスコウカワイルカの発見や、沖縄県名護市沖に生息していると見られるジュゴンなどの海牛類の確認にも、威力を発揮することができそうです。また、このシステムを同じ水域に複数台設置することで、将来はイルカの位置や個体数の把握が可能になるでしょう。このシステムは、本研究センター水産工学研究所と中国科学院水生生物研究所が、1998年から約600万円かけて中国の揚子江で実証実験を行い、走行中の船舶から300メートルの範囲にいるイルカの88%を確認できることがわかりました。イルカやクジラの音響探知で、探知効率が求められたのは、今回が初めてです。
 なお、イルカの超音波鳴音については、下記のホームページで体験できる。
 http://nrife.fra.affrc.go.jp/akamatsu/homepage.html


本件照会先:
独立行政法人 水産総合研究センター
研究推進部 研究情報科 広報官 梅澤かがり TEL:045-788-7529
水産工学研究所 企画連絡室長 松村皐月 TEL:0479-44-5926
 水産情報工学部 行動生態情報工学研究室 赤松友成 TEL:0479-44-5953


研究内容の説明

[背景・ねらい]
 近年、国内外において沿岸域の海洋開発を行うにあたり、鯨類や海牛類の存在の事前確認が、極めて重要な課題となっている。山口県上関町に建設予定の上関原子力発電所周辺海域では、ワシントン条約付属書Ⅰに記載される小型鯨類のスナメリが認められている。また、米軍普天間飛行場の移設問題で注目される沖縄県名護市沖ではジュゴンが確認され、大きな問題となっている。現在、世界でもっとも絶滅が危惧されている哺乳動物のひとつであるヨウスコウカワイルカが生存している中国の揚子江では、急速な市場経済化による水上交通と汚染の拡大が深刻となっている。 「河のパンダ」として、中国政府が国家的に保護を推進しているこの種の保全には、全流域で100頭を切ったといわれる個体群の存在確認が、必要不可欠である。


[成果の内容・特徴]
 鯨類及び海牛類は、互いの識別や、水中探査(ソナー)能力のため、独特の鳴音を発することが知られている。本研究では、まず、スナメリという小型のイルカに録音装置を取り付け、数秒に1回の頻度で140kHz付近の超音波鳴音が発せられることを確認した。この音は、一秒間に14万回振動する、非常に高い音で、人間の耳では聞こえない。さらに、走行中の船舶から、この信号を選択的に観測できる装置を開発し、中国の揚子江に生息するスナメリの存在確認を、高い確率で行うことに成功した。検出可能距離は300mに達し、目視観察が不可能な夜間でも探知できるため、動物の存在確認手法として有効であることが示された。この技術は、我が国がすすめている鯨類の資源管理のための調査精度を向上させるためにも、役立つだろう。


[今後の課題]
 鯨類だけでなく、海牛類も含むさまざまな海洋生物を選択的に観測できるように、受信システムを改善する必要がある。とくに、ヨウスコウカワイルカやジュゴンなどの、希少種を観察対象とするには、船舶搭載型以外に、長時間待ち受け型の音響観測ブイの開発が必要である。


[用語解説]
超音波:人間の耳では聞こえない高い振動数の音

揚子江:中国中南部を流れ上海に注ぐ世界有数の大河川。水上交通、漁業とも盛ん。

海牛類:マナティーやジュゴンなどの水生哺乳動物で、植物を主食とする。

ワシントン条約:
「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」は、野生動植物の国際取引の規制を輸出国と輸入国とが協力して実施することにより、採取・捕獲を抑制して絶滅のおそれのある野生動植物の保護をはかることを目的とする(外務省ホームページより)。1973年にワシントンで採択されたため、この名で呼ばれる。付属書はⅠからⅢまであり、Ⅰに記載される動植物は、取引規制がもっとも厳しい。


[成  果]
Akamatsu, T., Wang, D., Wang, K. and Wei, Z., 2001, Comparison between visual and passive acoustic detection of finless porpoises in the Yangtze River, China, J. Acoust. Soc. Am., 109, 1723-1727.(赤松友成, 王丁, 王克雄, 魏卓, 2001, 中国揚子江におけるスナメリの目視と音響検知の比較, 米音響学会誌, 109, 1723-1727)

Akamatsu, T., Wang, D., Wang, K. and Y. Naito, 2000, A method for individual identification of echolocation signals in free-ranging finless porpoises carrying data loggers, J. Acoust. Soc. Am., 108(3), 1353-1356.(赤松友成, 王丁, 王克雄, 内藤靖彦, 2000, データロガーを取り付けた自由遊泳中のスナメリのエコーロケーション信号の個体識別方法, 米音響学会誌, 108, 1353-1356)



スナメリは日本沿岸でもよく見られる小型のイルカである。中国の揚子江には、淡水のみに生息する、珍しい本種の個体群が存在している。水面上に黒く見えるものがスナメリ。揚子江の河川交通は盛んで、大きな客船がひっきりなしに行き交う(左)。スナメリは、民家の近くにもあらわれ(右)、ときに水しぶきをあげるジャンプを見せる(下)。
ヨウスコウカワイルカ:現在もっとも絶滅の危惧される哺乳動物の一種である。細長い吻と、退化した小さな目が特徴である。
開発した、イルカ音響探知システム。イルカの超音波鳴音を検出記録することができる。信号左手前と中央が、増幅器とフィルタ。左奥が波形モニタ。右手前が水中マイクロホン、右奥が超音波が記録できる録音機。
調査風景。揚子江の流れに沿って、下流に航行しつつ観測を行った。上部デッキにみえる観察者は、目視でイルカの発見に努めた。
スナメリ。背ビレと吻がなく、つるんとした風貌のイルカである。日本の暖かい海の沿岸にも生息している。揚子江のスナメリは、一生を河で過ごす、めずらしい個体群である。
目視調査と比較した音響探知率。発見距離300mまでは、音響的にも高い確率で探知可能であった。