プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
〔要 旨〕
養殖研究所と科学技術振興事業団及び国立遺伝学研究所の共同研究により魚類の正常な発育に不可欠な遺伝子を発見。成果は、6月10日発行のネイチャー・ジェネティックスに発表される。
〔説 明〕
魚類の脊椎骨や筋肉にみられるように、脊椎動物の体は体節と呼ばれる節状の構造で成り立っており、規則正しく体節が形成されることが正常な発育にとって不可欠である。このたび独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所(松里寿彦所長)において、ゼブラフィッシュを用いた科学技術振興事業団及び国立遺伝学研究所との共同研究により、この体節の形成にとって決定的な役割を果たす遺伝子を発見、分離した。研究は、科学技術振興事業団科学技術特別研究員事業として行われたものであるが、今後、増養殖種苗の生産過程で見られることのある脊椎骨などの成長異常の原因究明と対策に大きく貢献することが期待される。
この研究成果は、6月10日付けの米国科学雑誌「ネイチャー・ジェネティックス」に発表されるほか、印刷版に先立ち5月20日(日本時間)に同誌のホームページ(http://www.nature.com/ng/)で公開される。
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 業務企画課 広報官 梅澤かがり TEL:045-788-7529
養殖研究所 企画連絡室長 反町 稔 TEL:0599-66-1831
養殖研究所 企画連絡科長 小西光一 TEL:0599-66-1832
養殖研究所 遺伝育種部 細胞工学研究室長 荒木和男 TEL:0599-58-6411
(研究内容の説明)
脊椎動物の体の骨や筋肉は頭から尾に沿って規則正しく分節化した体節と呼ばれる組織から形成される。この分節性は背骨等に顕著に反映されており、この体節の規則正しい分節が正常な形態形成を行う上で必要不可欠である。
ゼブラフィッシュを使った研究においても、体節形成に関わる5種類の変異体を利用して、体節の分節化に関わる遺伝子の単離がなされてきたが、その内の4種は既に他の脊椎動物でも単離されたものやその関連遺伝子であった。しかし、残された一つ、fused somites突然変異体は多くの証拠からこれまで見つかった遺伝子とは別のものであることが予想されていたため、ゼブラフィッシュの研究者のみならず、体節形成を行う多くの研究者にその原因遺伝子の発見が望まれていたものである。
本研究ではtbx遺伝子と呼ばれる遺伝子のなかでも体節領域に限局して発現するものを単離し、その機能をモルフォリノオリゴを使って阻害することで、体節形成に関わる遺伝子の探索を行った。その結果、tbx24遺伝子がfused somites変異体と全く同じ表現型を示すことから、この遺伝子がfused somiteの原因遺伝子であることを証明することに成功した。
これにより、これまでマウスやニワトリなど他の脊椎動物で全く知られていなかった新たな遺伝子が体節形成に関わることが示され、体節形成遺伝子の研究に新たなツールが提供されたことになる。将来は水産生物においてもtbx24遺伝子と他の遺伝子の相互作用の研究などへの道が開かれ、体節形成の分子メカニズムについてより幅広い理解が得られることになるであろう。また、この知見を土台にして魚類の体節形成異常への対応など、養殖魚の健全育成に向けて遺伝子面からの大きな貢献が期待される。
この成果は、科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の二階堂昌孝科学技術特別研究員、養殖研究所 荒木和男室長、国立遺伝学研究所 武田洋幸教授(現東京大学、科学技術振興調整費の開放的融合研究制度による研究)等の共同研究によって得られたもので、6月10日付けの米国科学雑誌「ネイチャー・ジェネティックス」に発表される。
(背景)fused somites遺伝子の単離の要請
体節形成は筋肉や脊椎骨といった体の重要な組織を作るということのほかにも、その規則正しい分節性から(ニワトリでは90分、ゼブラフィッシュでは20分に一つと決まっている)、以前から実験生物学者だけではなく理論生物学者の興味も引いてきた分野である。特に近年、この一定リズムの分節化に同調して発現の変動が見られる遺伝子産物が発見されるにいたり、もっともホットな研究分野になりつつある。ゼブラフィッシュにおいても前述のように5種類の変異体を対象にしてその原因遺伝子を単離し、体節形成にかかわる分子機構を明らかにしようとしてきたが、そのうちの4種類はマウスやニワトリでも知られた遺伝子やその関連遺伝子ばかりであり、新規の遺伝子の単離にはいたっていなかった。
一方fused somitesだけは、これら4種類と明らかに異なる異常を示していたことから新規の遺伝子をコードしていることが予想されていた。しかし新規であるがゆえにその原因遺伝子の単離は難しく、1996年の発表以来原因遺伝子の単離に関してはまったく進まず、結局適当な候補遺伝子も見つからないまま今日に至っていたものである。
(研究の具体的内容)モルフォリノオリゴノックアウトによる機能欠損実験がfused simites遺伝子発見の契機となった
我々は当初体節形成に関するtbx遺伝子の関与を検討する目的で、fused somitesの遺伝子を単離するという目的とは無関係に、体節形成領域に発現するtbx遺伝子を単離していた。そしてそれらの遺伝子の機能を解析するために近年ゼブラフィッシュで使われてきた方法であるモルフォリノオリゴノックアウトを行ったところ、その中のひとつtbx24が偶然にもfused somites 変異体とまったく同じ表現型を示した。そこでこの遺伝子がfused somitesの原因遺伝子であることを示すために、実際にfused somites変異体からtbx24遺伝子を単離したところ明らかな変異が見つかったため、この考えが正しいことが明らかになったのである。
(今回の発表の効果)体節形成の研究者にとって長年ベールに包まれてきた変異体の原因遺伝子が明らかになった
今回我々が行った研究が評価された最大の理由は前項目でも述べているように5年以上に渡って不明であったfused somites変異体の原因遺伝子を同定したことにある。
この変異体は単に最後の一つと言うだけではなく、他の4種の変異体に比べ、明らかにその異常が強いこと(体節が完全にできないものはfused somites?だけで、他は一部形成される)、他の4種類は基本的には同じ異常であり、同じ遺伝子から始まる刺激伝達経路に関わっていることが予想されること、そしてその刺激伝達経路は他の実験動物で知られているものであるため、新規性が薄いことなどから、唯一他の実験動物に対しても原因遺伝子の単離の意味があるものであったといえる。今回我々の研究でfused somitesの原因遺伝子が明らかになったことを受け、今後本研究の成果はニワトリやマウスといった体節形成に関する知見がより豊富な実験動物へと還元されるであろうと思われる。これらの実験動物においては体節形成の正確な周期性に関与する遺伝子として多くが単離されているが、これらとの関わりがまず検討され、体節形成の分子機構に関してより深い理解が得られるであろう。
(用語の説明)
ゼブラフィッシュ
受精から成魚になるまで非常に短く(24時間でほぼ成魚に近い状態になる)、胎魚が透明で観察が容易であり、ライフスパンが短いこと、遺伝的解析が進んでいること、受精卵へのRNA、DNAの注入が容易な点が脊椎動物の発生を理解する上で利点があり、マウス系と相補的に使用することが可能である。また、ゼブラフィッシュ、フグ、メダカのゲノム解析の研究から魚類の間では染色体上に並んでいる遺伝子の順番(シンテニー)や遺伝子の塩基配列の共通性が高く、これらの実験魚で得られた遺伝子の情報が養殖対象魚の育種にも応用されることが期待されている。
モルフォリノオリゴ
RNAの構造異性体で,遺伝子の発現を抑える作用がある。
モルフォリノオリゴノックアウト(註1)
上記モルフォオリゴによって発現を抑えられること。