プレスリリース

平成15年3月13日
独立行政法人水産総合研究センター
“群れ”の細菌が養殖場の水質を守る
-細菌の浄化能力を100%引き出すための足がかり-


〔要 旨〕
 養殖漁場では食べ残した餌や排泄物等で一般の環境よりも水質が悪くなりがちで、そのため養殖魚自身にとっても大きな負担となり、これをいかにして浄化するかが重要な課題のひとつです。
 自然界で細菌が有機物を分解し、その結果水質浄化にかかわっていることは知られています。しかし、「細菌がどの様な状態の時に能力が発揮されるのか」についての生態的データは乏しいものでした。
 養殖研究所飼育環境技術部では、この細菌の有機物分解機能に注目し、養殖漁場での調査を行った結果、海水中の懸濁粒子に付着する細菌群集が、単独で浮遊している細菌群集よりも有機物分解機能、特にタンパク質の分解において重要な役割を示すことが分かりました。
 今後はこれらの付着細菌群集が,高い有機物分解能力を発揮する環境条件を詳しく調べることで、養殖漁場の浄化能力を効率よく活用して良好な漁場環境を保つための養殖技術の開発をめざします。


本件照会先:
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 業務企画課 広報官 梅澤かがり TEL:045-788-7529
養殖研究所 企画連絡室長 反町 稔 TEL:0599-66-1831
養殖研究所 企画連絡科長 小西光一 TEL:0599-66-1832
養殖研究所 飼育環境技術部 環境制御研究室 主任研究官 坂見知子


〔背景と目的〕
 養殖漁場の海水は残餌や排泄物等で悪化しがちであり、環境だけでなく結果として養殖魚に大きな負担かけており、これを如何にしてクリアするかが重要課題の一つとなっている。今回、養殖場の海水中の懸濁粒子に付着する細菌群集に着目し、その有機物分解活性とその群集構造を2001年3月から1年間調査した。


〔手 法〕
 五ヶ所湾(三重県度会郡南勢町)のマダイ養殖場において、海水中の細菌群集を浮遊性と付着性に分けて細菌群集の有機物分解酵素活性(有機物分解に関わる酵素の活性作用)を測定した。測定した酵素はロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)とβ-グルコシダーゼ(GLC)である。また、浮遊性と付着性に分けて細菌群集の構造解析を16S-rRNA遺伝子を標的としたPCR-DGGE法で行った。


〔具体的データ〕
 養殖漁場表層海水中の細菌の数、LAP、GLCは、いずれも夏季に高い値となった。特にLAPとGLCは7月に高い値となり、そのとき付着細菌の割合も高かった(図1)。両方の細菌体外酵素活性で、全活性に対し付着細菌が占める割合は、LAPで平均60%、GLCで平均30%であり、LAPの方が大きかった。
 これらの体外酵素活性の環境要因との関係を見ると(表1)、粒子状有機物濃度と高い相関が見られた。またLAPでは付着細菌の占める割合は(LAP?付着%)は水温が高いと高くなる傾向が見られた。さらに細菌細胞あたりの活性を付着細菌と浮遊細菌で比較すると、LAPでは10倍程度、GLCでは3?5倍程度、付着細菌のほうが高かった(表2)。
 養殖漁場表層海水の細菌相を表すDGGE像をみると、細菌群集の組成は付着、浮遊とも明瞭な季節変動を示した。また細菌体外酵素活性が非常に高かった7月の表層水では、α-プロテオバクテリア(BA#8、#9)、サイトファーガ(cyto-#10、11)などが付着細菌群集において特徴的に見られた。このうちBA#8、#9は浮遊細菌でも共通に見られるものであった(図2)。


〔考察及び今後の展望〕
 この様に養殖漁場海水中において、付着性細菌群集が海水中の有機物、特にタンパク質の分解において重要な役割を担っていることが示唆された。また、細菌の体外酵素活性が高い夏季の表層水で付着性細菌群集の組成に変化が見られ、この時に出現するα-プロテオバクテリアおよびサイトファーガに属するものが高い有機物分解活性に関与していると思われた。
 今回検出された特徴のある2種の細菌と海水中の高い有機物分解酵素活性との関係が具体的(直接的)に証明されていないことがあり、今後は、これらの細菌に対象を絞った動態の解析等を進めていく必要がある。また今回得られた結果は、五ヶ所湾のマダイ養殖漁場における一例であることから、実用に向けてはさらに様々な漁場でのデータを積み上げる必要がある。その上で養殖漁場海水中への有機物負荷と細菌相変化の関係が明らかにされることで、海水中の有機物循環が異常を来さないように、持続的な海面養殖を行う方法を提案するための一助となることが期待される。


〔用語の説明〕
海水中の懸濁粒子に付着する細菌群集:
 海水中に懸濁している粒子とは,一般にはプランクトン,及びその死骸や糞粒が主であるが,養殖漁場では残餌なども含まれる。海水をフィルターで分別して,フィルター上に捕集されたもの懸濁粒子に付着している細菌群,通過したものを単独で水中に浮遊している細菌群とした。

細菌群集の有機物分解機能:
 細菌群集は、海水中の有機物、特に水中に溶解している状態の有機物については、唯一これを分解・無機化できる生物群であり、物質循環機構の中の分解者としての役割を持つ。

体外酵素活性:
 細菌の体外(細胞膜の外)で作用する酵素の活性。
 細菌は食庖を持たない単細胞性の生物なので、高分子化合物を直接体内に取り込むことができない。そのため、体(細胞膜)の外に酵素を分泌して高分子を低分子化してから細胞の中に取り込む。体内で作用をする酵素と分けて、今回測定したような環境水中で作用している酵素を、菌体外酵素(Extracellular enzyme)と呼ぶ。

ロイシンアミノペプチダーゼ(LAP):
 タンパク質中のアミノ酸・ロイシン残基の結合を加水分解する酵素。タンパク質の分解を表す指標と考えられる。

β-グルコシダーゼ(GLC):
 糖類中のβ-グルコース残基の結合を分解する酵素。糖類の分解を表す指標と考えられる。

16S-rRNA遺伝子(16S-サブユニットリボゾームRNA遺伝子):
 細菌のリボソームRNAの16Sサブユニットをコードするゲノム遺伝子。約1500bp(bp:塩基対)の大きさで、細菌の分類指標に用いられる。

PCR-DGGE法:
 PCRとは、微量なDNAを短時間で大量に増やす技術。
 DNA変性剤の濃度勾配をつけたゲル上で電気泳動する(DGGE:変性剤濃度勾配ゲル電気泳動)ことにより、長さの等しいDNAを塩基配列の違いで分離することができる。天然環境中に存在する細菌群集の解析のための分子生物学的手法。

α-プロテオバクテリア、サイトファーガ:
 いずれも細菌の分類群の名称で、両群とも海洋環境から検出される細菌に多く見られる。