プレスリリース

平成15年5月6日
独立行政法人水産総合研究センター
養殖漁場の生産量は地形で決まる?
-底生生物の種組成に基づく養殖漁場の環境評価と”内湾度”による養殖許容量の推定-


〔要 旨〕
 水産総合研究センター養殖研究所生産システム部の横山 壽増養殖システム研究グループ長と三重県科学技術振興センター水産研究部の西村昭史、井上美佐研究員らのグループは、熊野灘沿岸の22カ所の魚類養殖漁場を対象に、養殖漁場の生産量と底生生物の分布量や種組成、底質・水質、漁場の地形的な特徴の関係を解析し、養殖漁場の環境評価と養殖許容量を推定するための新しい指標を見いだした。
 近年、過密養殖や過剰な給餌により養殖漁場の環境悪化が問題となっており、「持続的養殖生産確保法」においても、溶存酸素量、硫化物量や底生生物の有無に基づいた環境基準が定められている。しかし、現場からはより簡易的な方法を求められていることから、現在水産庁を中心に再検討が行なわれ、必要な情報の収集が進められている。
 今回の横山グループ長らの研究は、底生生物の種組成とそのタイプ分けから漁場環境の現状を「健全」(負荷有機物が円滑に分解され,底生生物群集に悪影響を及ぼさない)、「要注意」(酸欠状態となり底生生物が死滅しつつある)、「危機的」(底生生物が全て死滅)の三段階で評価し、さらに、これに、湾口の幅と水深、湾口から漁場までの距離、漁場水深から計算される「内湾度」を新たに組み合わることによって、養殖許容量についても推定することに成功した。
 上記の再検討にとって一つの指針となるとともに、今後、他の海域での事例を重ねることにより、より汎用性や信頼性の高い指標に発展させることが期待される。
 なお、この研究は水産庁(栽培養殖課)の委託費により行われたもので、結果は水産海洋学会の機関誌に掲載され、2002年度の同学会論文賞を受賞した。


本件照会先:
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 研究推進部 業務企画課 広報官 梅澤かがり TEL:045-788-7529
養殖研究所 企画連絡室長 中添純一 TEL:0599-66-1831
養殖研究所 企画連絡科長 小西光一 TEL:0599-66-1832
養殖研究所 生産システム部 増養殖システム研究グループ長 横山 壽 TEL:0599-66-1830


〔成果の概要〕
1.背景
 我が国海面魚類養殖業は近年順調に成長を続け、1998年には26万4千トン、2700億円の生産をあげている(海面養殖業を含む沿岸漁業生産量の9%、生産額の23%)。しかし、その一方で、過密養殖や過剰な給餌による残餌や糞などの有機物負荷の増大が、貧酸素化や硫化水素の発生、有毒赤潮の発生などの養殖漁場の環境の悪化をもたらし、将来の魚類養殖生産の維持・発展が懸念される状態が生じている。
 養殖漁場の環境基準については、1999年から施行されている「持続的養殖生産確保法」において、溶存酸素量、硫化物量や底生生物の有無に基づいた環境基準が定められているが、現場への適用が複雑であり、より簡易的な方法が求められていることから、現在水産庁を中心に、社団法人日本水産資源保護協会や関係県の水産研究機関により再検討が行われている。


2.研究の目的
 こうした状況の下、独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所生産システム部の横山 壽増養殖システム研究グループ長は、魚類養殖漁場の新しい環境指標を探るとともに、養殖許容量の推定手法を検討するため、三重県科学技術振興センター水産研究部尾鷲水産研究室の西村昭史、井上美佐両氏とともに、熊野灘沿岸の22カ所の魚類養殖場(図1)から採集された底生生物の生物量や種組成と底質・水質や漁場の地形的要素および養殖生産量との関係を解析した。なお、この研究は水産庁栽培養殖課からの委託事業「増養殖適正化総合調査事業費」の一環として行われたものである。


3.結果の概要
(1)底生生物量と底質の関係
 養殖漁場の底生生物の生物量は底質中に含まれる窒素量が少ないうちは窒素量の増加にともなって増加する傾向を示し、窒素量が約1.2mg/gのところで最大となった(図2)。一方、生物量は硫化物量と負の相関関係を示し、硫化物量が1.7mg/g以上では無生物状態となった(図3)。
 これらの結果は、窒素量が1.2mg/gまでは養殖により残餌や糞として負荷された有機物が生物量の増大をもたらし、健全な養殖環境であると評価されるが、負荷が進んで硫化物量が1.7mg/g以上になると酸欠などによる底生生物の死滅を招き、危機的な環境と判断されることを示している。
(2)内湾度と底生生物組成による環境評価と養殖許容量の推定
 魚類養殖漁場の環境は負荷された有機物量の他に、湾内における養殖漁場の位置により大きく左右されることが明らかとなった。漁場の湾内での位置を数量的に示すために、容易に得られる湾口の幅と水深、湾口から漁場までの距離、漁場の水深の4つの数値から計算される「内湾度」という指数を提案した。「内湾度」は、湾口が狭くて浅く、漁場が湾口から遠く離れており、水深が浅いほど高い値を示すが、この指数が一定の値を超える漁場では、環境が悪化しやすいことを示した(図45)。
 また、養殖漁場の環境は底生生物の種組成を判別することにより「健全」「要注意」「危機的」の3段階に評価され、このような類型化により、湾内での位置(内湾度)に応じた養殖許容量の算定が可能であることが示された(図6)。


4.成果の評価/公表
 この研究は、実際の漁場環境を反映したものである底生生物組成に基づいた環境指標と、漁場の地形的特徴に基づき簡単に計算できる指標に基づいた持続的な養殖許容量の推定手法の提案であり、実用性が高いものである。上記の「持続的養殖生産確保法」の環境基準再検討にとって一つの指針となるとともに、今後、他の海域での事例を重ねることにより、より汎用性や信頼性の高い指標に発展させることが期待される。
 得られた成果は、横山、西村、井上の連名で「熊野灘沿岸の魚類養殖場におけるマクロベントス群集と堆積物に及ぼす養殖活動と地形の影響」及び「マクロベントスの群集型を用いた魚類養殖場環境の評価」の2つの論文にまとめられ、水産海洋学会の機関誌「水産海洋研究」66巻3号(2002年8月)に掲載され、2002年度の同学会の論文賞を受賞した。


用語解説
(1)底生生物(ベントス):
  海底の堆積物中に生息するゴカイなどの動物。このうち、マクロベントスとは、通常は1mmメッシュの篩では残るが底びき網の網目は通過するサイズの底生生物。この研究では、特に1mmメッシュの篩に残った底生生物うち、湿重量が1g未満のものを指す。

(2)持続的養殖生産確保法:
  養殖漁場の適正利用と魚病の予防・蔓延防止などを目的に、1999年に施行された法律。

(3)内湾度の定義式
  湾口から漁場までの距離 ×    45    ×    20   
      湾口の幅         湾口の水深    漁場の水深