プレスリリース

平成15年5月19日
独立行政法人水産総合研究センター
有毒プランクトンのタネはどうやって発芽する?
-有毒渦鞭毛藻(うずべんもうそう)アレキサンドリウムのシストの休眠と発芽生理の解明-


【 要 旨 】
 毎年春先に発生し水産業に被害をもたらす貝毒。瀬戸内海区水産研究所赤潮環境部の山口峰生赤潮生物研究室長らのグループは,その原因となる有毒プランクトンについて,これまで不明であったシスト(有毒プランクトンのタネ)の分布及び休眠・発芽メカニズムを明らかにした。
 同研究グループはまず,海底泥中で休眠しているシストを簡便に計数する方法を開発。この方法を用いたシストの分布調査の結果,瀬戸内海では広島湾奥と徳山湾奥でシストが高密度(泥1cm3当たりに1,000個以上)に分布すること,シストの高密度域は貝毒の原因となる栄養細胞(二分裂して増殖する細胞)が多く発生する海域と一致することを明らかにした。
 シストは有性生殖によって形成されるが,形成後すぐに発芽できるわけではなく約6ヶ月程度の休眠期間を必要とし,また,発芽するためには好適な温度範囲(12.5℃が最適)があることが判った。さらに,シストは年周期性の体内時計を有しており,発芽のための特別の刺激がなくとも春から初夏に発芽しやすいようにプログラムされている。発芽条件が整うと,現場海底付近に到達する光がわずかでもあたると発芽はさらに促進される。このように,シストは発芽に必要な幾つかの条件(休眠,温度,体内時計,光)を現場環境の変化に巧みに適応させている。これらの結果から,環境の年変動を把握できればシストの発芽時期と発芽量を予測することが可能となる。
 以上の成果は広島湾をはじめとする西日本各地での有毒プランクトンの発生予察に極めて重要な手がかりを与えるものであり,今後の予察手法の確立や防除技術への開発へ向けての研究進展が期待される。
 なお,こうした一連の研究成果も含めて山口室長に平成14年度日本水産学会進歩賞が授与された。


本件照会先:
独立行政法人 水産総合研究センター
研究推進部 広報官 梅沢かがり TEL:045-788-7529
瀬戸内海区水産研究所 企画連絡室 關(せき)哲夫 TEL:0829-55-0666
  赤潮環境部長 杜多(とだ)哲 TEL: 0829-55-0666
  赤潮生物研究室長 山口峰夫 TEL: 0829-55-0666

資 料

[背景・ねらい]
 食用二枚貝が毒化し,しびれ,マヒ等の症状を引き起こし,時に患者が死亡することがある麻痺性貝毒は毎年春先に発生することが多い。水産庁および各県水産試験場などにより検査態勢が確立されているので毒化した貝が店先に並ぶことはまずないが,貝類の出荷停止などにより水産業に多大な被害をもたらす。この貝毒の原因となる有毒プランクトン(有毒渦鞭毛藻アレキサンドリウム(図1)のシスト(植物の種子に相当)の分布や休眠と発芽メカニズムを解明し,貝毒の予察手法や防除技術の開発へ向けて,瀬戸内海区水産研究所赤潮環境部の山口峰生赤潮生物研究室長と板倉茂有毒プランクトン研究室長は,広島湾を中心に約10年間にわたる調査・研究を実施した。


[成果の内容・特徴]
 両室長らはまず,海底泥中で休眠しているシストを簡便に計数する方法を開発した。この方法は,シストをプリムリンという蛍光試薬を用いて染色するもので,染色されたシストは緑色の蛍光を発するため,他の泥粒子などと容易に区別できるようになる(図2)。この方法を用いて,西日本各地におけるシストの分布実態を調査した。その結果,瀬戸内海では広島湾奥と徳山湾奥でシストが高密度(泥1cm3当たりに1,000個以上)に分布すること,そしてシストの高密度域は貝毒の原因となる栄養細胞(二分裂して増殖する細胞)が多く発生する海域と一致することを明らかにした。
 つぎに,実験室内でシストの休眠と発芽に及ぼす環境条件を検討した。その結果,シストは形成直後には発芽できず,ある程度の休眠期間を経なければ発芽できないことが判った(内因性休眠)。この休眠期の長さは温度によって異なり,現場水温下では約6ヶ月必要であった。すなわち,広島湾で5月末頃に形成されるシストは12月頃にようやく内因性休眠から覚める(成熟する)ことになる。
 シストは内因性休眠から覚めても周囲の温度が高すぎると発芽せず,発芽に好適な温度範囲(7.5~17.5℃,最適温度12.5℃)があることが判った(外因性休眠)。広島湾で発芽最適温度になるのはほぼ3月末頃であり,この頃にシストが盛んに発芽していると考えられる。シストは暗黒下でもある程度発芽したが,ごく少量の光が照射されると発芽は促進された。発芽に有効な光の波長域は530~640nm(ほぼ緑色)にあり,これは現場海底付近の波長とほぼ一致することも明らかとなった。したがって,海底泥の表面付近に堆積しているシストがより発芽しやすいと考えられる。また,シストの発芽には2日以上の光照射が必要であった。さらに,シストはそれ自身に年周期性の体内時計を有しており,発芽のための特別の刺激がなくとも春から初夏に発芽しやすいようにプログラムされていることが判った。
 シストは発芽に好適な条件(温度,光)に置かれると約10日後に発芽した。また,発芽の約3日前から葉緑体由来の自家蛍光が観察されるようになった。現場海底中にも自家蛍光を持つシストが春先に増加することが明らかになった。
 このように,シストは発芽に必要な幾つかの条件(休眠,温度,光,体内時計)を現場環境の変化に巧みに適応させていることが判った(図3)。広島湾では栄養細胞が春先のみに出現するが,このような季節性にはシストの休眠・発芽生理が大きく影響しているものと考えられる。


[今後の課題・展望] これらの結果から,環境の年変動を把握できればシストの発芽時期と発芽量を予測することが可能となる。以上の成果は有毒プランクトンの発生予察に重要な手がかりを提供するものであり,今後の予察技術や防御技術の開発へ向けた研究進展が期待される。なお,こうした一連の研究成果も含めて山口室長に平成14年度日本水産学会進歩賞が授与された。


[備 考]

 学会発表:
  ・山口峰生:有害・有毒プランクトンの発生予察および生物学的防除に関する研究
     平成15年度日本水産学会大会受賞者講演,平成15年4月

  ・板倉 茂・山口峰生:有毒渦鞭毛藻Alexandrium tamarenseのシスト発芽に与える光の影響
     平成15年度日本水産学会大会,平成15年4

  ・板倉 茂・山口峰生:広島湾における有毒渦鞭毛藻Alexandrium tamarense シストの動
     日本藻類学会第27回大会,平成15年3月


【用語説明】

・貝毒:
 貝毒には症状によっていくつかの種類が知られているが,日本で問題になるのは麻痺性貝毒(PSP)と下痢性貝毒(DSP)。麻痺性貝毒は,人間に有害な毒を作る種類のプランクトン-アレキサンドリウムという渦鞭毛藻の一種が主な原因。このプランクトンは普段海底泥の中にタネ(シスト:休眠細胞)の状態で潜んでいて,水温が適当な時期になると発芽・増殖し,海水中に多量に現れる。瀬戸内海は,だいたい4~5月にかけて発生する。これらの作る毒が貝に蓄積され,二枚貝が毒を持つようになるが,貝自身に毒を作り出す能力はない。
なお,水産庁および各県水産試験場などにより,貝毒検査態勢が確立されており,毒化した貝が店先に並ぶことはまずないが,潮干狩りや個人的に採取した二枚貝を食べる場合は注意が必要。貝毒の発生が心配される時期には,新聞や自治体で貝毒情報が流される。

・渦鞭毛藻:
 植物プランクトンの中で最も種類種が多いグループ。約2,000種が知られ,淡水から海水まで広く分布する。この仲間は基本的に単細胞で,2本の鞭毛をもち「うず」を巻くように細胞を回転させながら泳ぐ

・アレキサンドリウム:
麻痺性貝毒の原因となる有毒プランクトンで,渦鞭毛藻類(縦横2本の鞭毛を使って遊泳する植物プランクトン)の一グループ。大きさは3~40μm。

・栄養細胞,シスト:
 通常観察される有毒プランクトンの細胞は栄養細胞であり,鞭毛を使って海水中を遊泳している。この栄養細胞が二分裂して増殖する。しかし,増殖の末期にシスト(高等植物の種(タネ)に相当する)と呼ばれる耐久性の休眠接合子を形成して海底で休眠する。

・自家蛍光:
 アレキサンドリウムは光合成によって増殖するため,細胞内に光エネルギーを捕捉するための葉緑素(クロロフィル)を持っている。この細胞に青色の光を照射すると赤い蛍光が発生する。この蛍光をクロロフィルの自家蛍光と呼ぶ。