プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
-短期間で広範囲の調査が可能に、サンマの新しい漁法にも期待-
【 要 旨 】
水産資源を持続的に有効利用するためには、漁業の情報や調査船による調査で漁獲の対象となる資源の量を推定するという作業が必要になってくる。サンマは日本人には好まれ重要な水産資源だが、分布範囲が非常に広く移動する速度も速いため、漁業(棒受網)による情報や調査船による調査でも漁期前に資源量を正確に推定するのが困難であった。
独立行政法人水産総合研究センター東北区水産研究所八戸支所では、日本近海の漁場にやってくる前のサンマの量やサイズを把握するために、海の表面から水深20m層位までをカバーし、速いスピードで曳ける中層トロールによる資源量を推定する手法の開発を進めた。
この研究では、網の形や曵き方を工夫し、ワープの長さを200mと短くして(通常300-350m)、サンマの漁獲効率が劇的によくなるように工夫した。従来の調査漁具の流し網は海流に流されて漂いながら通過した魚が網に絡まるのを待つ漁法であったため、漁獲効率は魚の遊泳速度などに大きく左右され、調査した面積を計算することができなかったが、トロールによる資源調査では、網の幅と深さが一定で曳網速度がわかっているため調査した面積を正確に計算することができ、資源量を正確に推定することができた。また、1回100分程度で採集試験を終えることができるので短期間で広域の調査が可能となった。
本手法を用いて、2002年漁期の直前に当たる6・7月に、サンマの主な分布域である西経177度から日本近海までの海域において、漁獲試験を行いサンマの資源量を推定することができたため、生物学的な許容漁獲量の算出や、正確な漁況予報の提供に大きく役立った。
この研究の結果、サンマの資源量を漁期前に高精度で推定することが可能となり、生物学的許容漁獲量の算出や漁況予報の精度が向上した。また、中層トロールは荒天にも強いため、従来行えなかった冬季調査が可能となり、今までよくわからなかったサンマの生活史の解明に大きく貢献することが期待される。
また、サンマは従来、沖合では棒受網でしか効率的に漁獲できる方法がなかったが、中層トロールによっても効率的な漁獲が可能と判明したので、将来的にはこの中層トロール漁法が商業漁業へ導入される可能性が示された。
独立行政法人 水産総合研究センター
研究推進部 広報官 梅沢かがり TEL:045-788-7529
東北区水産研究所 企画連絡室長 奥田邦明 TEL:022-365-1191
八戸支所長 北川大二・資源生態研究室長 上野康弘・主任研究官 巣山 哲 TEL:0178-33-1500
研究内容の説明
1. 背景と目的
・ 水産総合研究センターでは、水産資源を持続的に有効利用するため各種の調査・研究を行っており、このためには、漁業の情報や調査船による調査で、漁獲の対象となる資源の量を推定するという作業が必要になってくる。サンマは日本人には好まれ重要な水産資源だが、分布範囲が非常に広く移動する速度も速いため、従来は、漁業(棒受網)による情報からも調査船による調査でも漁期前に資源量を正確に推定するのが困難であった。
・ サンマの資源量推定には、従来漁船のCPUEを基礎に漁場の移動を利用して資源量を求める「松宮・田中の方法」およびこの方法で求めた漁場範囲の資源量を基礎に漁場内外で行った流し網のCPUEを用いて漁場外の資源量を求める「大関の方法」があった。両法とも、漁業が終了してからでないと資源量を求めることができなかった。漁業が終了してから資源量が求まっても、すでに漁獲が終了してしまっているため、推定した資源量推定値をもとに資源管理措置をとることができなかった。
・ サンマは沖合域では、商業的には、棒受網で漁獲されているが、成熟固体は棒受網で使用する集魚灯に誘引されにくいため、棒受網を資源調査に用いることが出来なかった。もし、棒受網を資源調査に使用した場合には、生殖腺の発達した産卵親魚を漁獲することが出来ないので、資源調査の結果採集された魚のほとんどは未成熟魚ということになり、資源評価上重要な産卵親魚の所在や量はまったく分からないということになってしまう。したがって、資源調査を行う場合に、棒受網は好ましくない。このため、沖合での資源調査には、伝統的に多種目合を組み合わせた流し網(用語の説明)が用いられてきた。しかしながら、流し網は受動的な漁具であるため、調査した面積がはっきりしない上に、各目合で漁獲効率が微妙に異なるので資源量の推定にも体長組成の推定にも好適とは言えなかった。
・ 流し網は荒天時に弱いため(流し網はテニスのネット状の網の上側にフロートを取り付けて海面を浮遊させるものであるため、海上が時化模様になるとぐるぐる巻きになってロープ状になってしまい、漁獲を行うことができない。また、流し網を調査船上に引き上げるときは微速で前進しながら網を海中から甲板に巻き上げるが、時化の時は船がうねりの影響を受けやすくなり転覆する危険がある。)、荒天の多い、冬季の調査を行うことは難しかった。サンマの生活史にはよく分かっていない点が多く、特に冬季の体長組成や生態はまったく分かっていない。従って、冬期間の荒天でも使用可能な漁法の開発が求められていた。
・ そこで従来の問題点を改善するため中層トロールによるサンマの採集方法の開発とそれによる資源量推定方法を研究した。
2. 手法
・ 1999・2000年10・11月に調査船俊鷹丸(遠洋水産研究所)と北鳳丸(用船・北海道実習船管理局所属)を用いて、流し網(18・21・26・30・33・37・43mm、7種目合、網丈5m)と中層トロール(ニチモウ製、NST-99型)(図1)の比較試験を行い、サンマの採集に適した中層トロールの操業方法の開発を試みた。
サンマ棒受網漁業の漁期前に当たる2001・2002年6・7月に北鳳丸(水産総合研究センター用船)と若鷹丸(東北区水産研究所)を用いて、実際に中層トロールにより調査を行い、資源量推定を試みた。推定値の信頼区間はBootstrap法で求めた。
3. 具体的データ
・ 中層トロールの標準的な曳網方法(ワープ300m、曳網速力5ノット)ではサンマを流し網と同様に効率的に漁獲することはできなかったが、ワープを200m程度に短縮して網の上端部(ヘッドロープ)を浮上させ、海面にピッタリと接するようにすることによりサンマの漁獲状態が劇的に改善され、資源調査に使用することが可能となった(図2、表1)。
・ 漁期前の資源調査でサンマの分布をよく把握することができ、サンマの分布が東経155-165度の沖合域に多いことやサンマが中央太平洋まで連続的に分布していることが明らかにされた(図3)。
・ 2001・2002年度の調査で漁獲されたサンマの体長組成は18-21cmおよび30-31cmが多かった(図4)。
・ 資源調査での漁獲記録から掃海面積法(用語の説明)により資源量及びその推定値の信頼区間を計算することができた。
4. 考察及び今後の展望
中層トロールにより漁期前に資源量を推定した場合、漁期に入る前に資源量を推定することができるので、漁獲しても資源に悪影響が出ない量を推定して、資源管理措置(漁獲可能量の設定)を講じることができるようになった。また、資源評価の精度も飛躍的に高まった。また、漁況予報の精度も上げることが可能となった。2002年調査で日本近海域から中央太平洋にかけての海域に分布するサンマの資源量推定値は284万トンで、非常に大きいことが分かった。漁獲物の体長組成を検討した結果、従来、考えられていたよりも小型魚の割合が多いことが分かり、資源構造も再検討する必要があることが分かった。
流し網と比較すると調査に要する時間が短く、測定も1回ですむため(目合別の測定が必要なくなったため)、同じ調査期間内に調査点を多く取ることが可能となった。また、中層トロールは荒天に強いため、将来計画している冬季の調査実施への目途が立った。
調査の副産物として、新しいサンマの漁獲技術が開発された。ソナーなどの魚群探索機器をまったく使用していない資源調査でも最大1トン程度(大型魚)の漁獲があり、現時点では商業的な可能性は未知数であるが、将来的には中層トロール漁法によるサンマの商業的漁獲の可能性も考えられる。
【用 語 説 明】
● サンマ
ダツ目サンマ科に属する沖合性の表層魚である。寒帯域及び熱帯域を除く北太平洋とその沿海の全域にわたって分布するが、北西太平洋域に分布するもののみが我が国をはじめとしてロシア、韓国などの商業漁獲の対象となっている。
● 中層トロール
トロール網はもともとは海底にいる底魚類を漁獲するために発達した網で底びき網と呼ばれる。中層トロールは海の表層や中層に分布する魚群を漁獲するため改良したもの。
● サンマの漁期
サンマの主漁場である東北・北海道沖合での棒受網漁業の主漁期は、総トン数40トン以上の大型船が操業を行う8月下旬から12月中旬ころまでである。
● 棒受網
棒などを利用して網を船の横に敷いて待機し、集魚灯によりその上に魚群を集めて網を巻き上げて漁獲する漁法。
● CPUE
単位努力量当たりの漁獲量。流し網では反当り・網の敷設時間当たりの漁獲量となる。トロールでは、曳網面積当たり漁獲量となる。
● 95%信頼区間
ある調査結果から推定値を求めた時、真の値を含む可能性が95%以上である推定値の範囲。
● Bootstrap法
Efron (1979)により提唱された代表的なリサンプリング法の1つで、元のデータから重複を許して実験回数分のリサンプリングを多数繰り返して、その平均値の分散の程度により信頼区間などを求める方法
● ワープ
船上のウインチ(巻き上げ機)に巻いてあるワイヤーロープのことで、末端はオッターボード(抵抗板)に連なっている。ワープの繰り出しによりトロール漁具を海中に投入する。
● 流し網
海面近くの魚類を網目にさしたり、からませたりしてとる漁網。刺し網の一種。固定せず、海流・潮流・風によって自由に流し、適当な時間をおいて網をあげる。網目の大きさによって、かかる魚の大きさが異なるので、資源調査では色々な目合を組み合わせて使用する(図1)。
● 掃海面積法
いくつかの調査点で得られた曳網面積1平方キロメートル当たりの漁獲量の平均値に調査水域の面積をかけて、調査水域全体の資源量を計算する方法。
● 変動係数
変動係数とは、標準偏差の平均値に対する割合で、データのバラツキ度合の指標である。水産資源解析で、資源量推定の精度を評価する場合に変動係数が目安とされる。