プレスリリース

平成15年11月20日
独立行政法人水産総合研究センター
イセエビフィロソーマ幼生の新型飼育装置を開発!
-回転型飼育装置による生残率の向上-


【 要 旨 】
 独立行政法人水産総合研究センター南伊豆栽培漁業センター(旧社団法人日本栽培漁業協会南伊豆事業場)では,1989年からイセエビフィロソーマ幼生の飼育技術開発を実施してきたが,人工飼育は非常に難しくまだ基礎技術開発の段階にある。人工飼育が難しい原因は,ムラサキイガイの生殖腺以外の適当な餌料が発見されていないこと,幼生が沈みやすく水槽底の糞や残餌等の影響を受けるため水槽替えが毎日必要で小容器での飼育しかできないことなどが挙げられる。
 2000年以降,後者の問題点を解決するひとつの方法として,回転型飼育装置を開発し飼育試験を行ってきた。回転型飼育装置では,水槽が回転することにより水流が発生し,餌料が浮遊し,フィロソーマの餌との遭遇機会が増えること,水槽底(壁面)に汚れが堆積せず水槽替えの頻度が少なくてすみ省力化できること,幼生が沈降せず常に浮遊した状態で飼育できることにより,幼生の活性が高くなることなどの改善が図れることがわかった。
 その結果,稚エビまでの生残率がおよそ20%向上することが明らかとなり,スケールアップへの足がかりができた。本回転型飼育装置は現在特許申請中である。
 なお,イセエビの飼育技術の開発は,三重県科学技術振興センター水産研究部との連携,及び独立行政法人水産総合研究センター栽培漁業センター内の「甲殻類種苗生産技術開発チーム」との連携により行なわれた。


本件照会先:
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 総合企画室 広報官 飯田 遥 TEL:045-788-7529
栽培漁業部 栽培漁業部長 今村茂生 TEL:03-5296-3181
南伊豆栽培漁業センター 担当:村上恵祐 TEL:0558-65-1185

資 料

【 成果の概要 】
1. 背景
 イセエビフィロソーマの人工飼育は、ふ化幼生を用いた飼育が1899年に報告されて以来、100年以上にも及ぶ歴史があり,1989年に三重県,北里大学で初めて稚エビまでの人工飼育に成功した。その後飼育に関する知見が集積されてきつつあるが,まだ量産段階には至っていない。フィロソーマの飼育が難しい原因は,①フィロソーマの変態完了まで約300日を要し,その期間を通して良好な飼育条件を維持することができないこと,②利用できる餌料は,アルテミアとムラサキイガイの生殖腺しかないこと,③特異的な形態のため個体干渉により脱皮時に胸脚が欠損すること,④フィロソーマは沈みやすく水槽底の糞や残餌等の影響を受けやすいこと,⑤水槽の底が汚れ毎日新しい水槽に移し替えなければならず小容器での飼育しかできないこと,などが挙げられる。
 上記の問題を解決し,フィロソーマのより安定した飼育技術を確立するためには、適切な餌料の開発とともに,幼生の生態にあわせた環境を制御した飼育システムの開発が必要となっている。


2. 概要
 南伊豆栽培漁業センターでは、1989年からイセエビフィロソーマの飼育技術開発に取り組み、水量1~50?のアクリル製ボウル型水槽を開発した結果、脱皮時の胸脚欠損がある程度軽減され、20~30尾(1994年最高54尾)の稚エビ生産が可能となった。しかし、フィロソーマの生残は不安定であり、活性の高いフィロソーマを安定的に飼育するための要素解明には至っていない。
 フィロソーマの生存率及び活性を高めるためには、飼育水槽内における清浄環境の維持は必須であるが、同時に飼育初期の餌料として主に使用するアルテミアや日齢30前後から併用するムラサキイガイ生殖腺の細片をより効率的に摂餌させることも重要な要素と考えられた。そこで2000年より、フィロソーマに餌料を効率的に摂餌させるための回転型飼育装置の開発を行ってきた。
 回転型飼育装置(写真1参照)は、容量70?のアクリル製でドーナツを立てた型となっており,モーターにより回転でき,水槽を回転させながら換水と通気,水温制御できる特色をもっている。
 これまでの飼育試験の結果,①回転速度は6~6.5分/回転が最適であること,②回転させることにより水槽内に水流を発生し,給餌したアルテミアやムラサキイガイ生殖腺を常に浮遊させフィロソーマとの遭遇機会が増えること。③水槽が常時縦に回転するため底面(壁面)の堆積物が少なく清浄性も確保され水槽替えの頻度が少なくなること、④幼生も沈降せず常に浮遊しているため,幼生の活性が高くなることなどが明らかになった。
 回転型飼育装置を用いた場合と従来の方法で50?ボウル型水槽で一貫した飼育の生残率を比較すると,プエルルスまでの生残率が34.0%(50?一貫飼育例(従来の方法)11.7%)、稚エビまでが28.3%(50?一貫飼育例(従来の方法)9.7%)と生残率がおよそ20%向上し,過去最高の生残を示した。(図1,表1参照)。特に,初期の生残率が向上し成長も良く,フィロソーマの特徴である前転遊泳運動が、日齢100以降の中期~後期の段階でも観察されたことから、活性も高いと判断され、本装置内でのプエルルスへの変態も問題ないことが明らかになった。
 今後,本装置を利用し,飼育水槽内の清浄環境の維持手法や胸脚欠損の防除手法、フィロソーマの活性維持手法などが明らかにし装置としての完成度を高めたい。


用語の説明
【 フィロソーマ 】(写真2参照)
 イセエビ類、ウチワエビ類の幼生で、体は扁平、透明で、クモを平べったくしたような長い胸脚を持っており、胸脚には羽のような遊泳肢がある。イセエビでは、ふ化直後が体長約1.5mmで、30回前後の脱皮により約30mmに成長した後、プエルルスに変態する。飼育環境下では、フィロソーマの期間は240~510日(平均では310~320日)である。

【 プエルルス 】(写真3参照)
 イセエビ類のフィロソーマ幼生が変態した後の稚エビ直前の幼生で、透明なエビの形をしており、別名ガラスエビとも呼ばれている。プエルルスの体長は約20mm、期間は2~3週間であり、徐々に色素が出現して1回の脱皮で稚エビに達する。

【 稚エビ 】(写真4参照)
 親エビの形態的な特徴を示すまで成長した段階で、プエルルスにはない色素の沈着や外部形態を備えた状態であり、第1齢稚エビの体長は約20mmである。