プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
-絶滅危惧種に指定されているタイマイの繁殖に光明-
[要 旨]
タイマイという海亀は装飾品等に使う「べっ甲」の原材料として古くから知られており、その加工産業はべっ甲細工として日本の伝統工芸産業の一端を担ってきました。タイマイは水産庁の「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」で絶滅危惧種に指定されている希少生物で、「絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約」(通称ワシントン条約)の附属書Ⅰに記載され、公海からの持ち込みも含めて輸出入は基本的に禁止されています。タイマイの資源を増大させるためには単なる保護だけではなく、人為的に繁殖させ、積極的に資源の回復を図る必要があることから、独立行政法人水産総合研究センター(以下「水研センター」)八重山栽培漁業センター(以下「栽培センター」)では、タイマイなどのウミガメ類の増養殖技術の開発に取り組んでいます。
平成16年6月7日(月)午前8時、栽培センターの人工海浜付海亀育成循環水槽で1頭のタイマイから103個の産卵を確認し、卵の発生率は63%でした。今回産卵した親ガメは平成11年に石垣島周辺海域で捕獲された後、栽培センターで約5年間育成したもので、大きさは甲長77cm、体重62kgの個体です。これまで人工環境下でのタイマイの産卵に成功した例は、名古屋港水族館と沖縄美ら海水族館の2例です。しかし、名古屋港水族館では雌雄ともにシンガポールから搬入した親であり、また、沖縄美ら海水族館では、近くの定置網で捕獲した親が搬入直後に産卵しています。水研センターのように国内で捕獲した雌雄のタイマイを長期育成し、産卵に成功したのは世界で初めてです。
独立行政法人 水産総合研究センター
広報官 飯田 遙 TEL:045-788-7529
八重山栽培漁業センター
担当:清水智仁・與世田兼三 TEL:TEL:0980-88-2136
成果の概要
1.背景
タイマイという海亀は、装飾品等に使う「べっ甲」の原材料として古くから知られており、その加工産業はべっ甲細工として日本の伝統工芸産業の一端を担ってきました。タイマイはレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されている希少生物で、「絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約」(通称ワシントン条約)の附属書Ⅰに記載され、公海からの持ち込みも含めて輸出入は厳しく規制されています。このようにタイマイの資源が極端に減少していると言われていることから、資源を増大させるためには単なる保護だけではなく、人為的に繁殖させ、積極的に資源の回復を図る必要性が指摘されています。こうした背景のもと、沖縄県石垣市桴海大田にある独立行政法人水産総合研究センター(以下「水研センター」)八重山栽培漁業センター(以下「栽培センター」)では、タイマイなどのウミガメ類の資源回復を図るための増養殖技術の開発に取り組んでいます。
2.概要
今回の産卵試験には、タイマイ(写真1)の雌3頭と雄1頭の合計4頭を供しました。雌3頭のうち2頭は、平成11年8月30日と平成14年1月15日に沖縄県石垣市のタイマイ捕獲免許を有した漁業者より、1頭は平成14年4月12日に下関水族館より搬入しました。また、雄1頭は平成11年10月17日に上述した漁業者より搬入したものです。搬入後は、アルゼンチンイレックス(マツイカ)とカタクチイワシに総合ビタミン剤とカルシウムを混ぜた餌を用い、体重当り1~3%量を週5回与えました。
平成16年1月26日にネットで二つに仕切った200kL水槽へ雌3頭と雄1頭を雌雄別に収容し、平成16年3月17日にネットを取り外しました。平成16年6月3日には、産卵を期待して200kL水槽から今春新設した人工海浜付海亀育成循環水槽(250 kL)へ上述した4頭を収容しました。収容の前日に超音波診断装置で卵胞を診断したところ、4~5月には平均直径が1.5~1.7cm程度であったものが約3cmまで大きくなっており、初めて発達した産卵直前の卵殻卵を観察できました(図1、写真2)。
水槽へ収容した4日後の平成16年6月7日午前8時に、103個の産卵を確認しました(写真3、4)。今回産卵した親ガメは、平成11年に搬入し、栽培センターで約5年間育成したもので、大きさは甲長77cm、体重62kgの個体でした。これまでタイマイの人工環境下での産卵に成功した例は、名古屋港水族館と沖縄美ら海水族館の2例です。しかし、名古屋港水族館の親ガメは雌雄ともにシンガポールの水族館から搬入した親であり、また、沖縄美ら海水族館では、近くの定置網で捕獲した親が搬入直後に産卵しています。水研センターのように国内で捕獲した雌雄のタイマイを長期育成し、産卵に成功したのは世界で初めてです。
産卵された卵の平均卵径は3.5cm(3.2~3.8 cm)で、卵の発生率は63.3%でした。卵は29℃に設定した孵卵器で管理を行っており、約2ヶ月後にはふ化する予定です(写真5)。
ふ化した仔ガメは、成長等を調査するとともに、1~3歳まで育て標識を装着して放流し、天然での移動・分散状況等の生態を調べる予定です。
用語の説明
【タイマイ】(写真1参照)
タイマイは分類学上ウミガメ科タイマイ属に位置し、学名はEretmochelys imbricate、英名はHawksbill turtleで、嘴が肉食性の鷹に似て鋭くとがっていることから命名されています。体長はおよそ90cm、体重は平均60kgの中型のウミガメで、世界中の熱帯と亜熱帯の海域に分布し、日本では八重山諸島のみで産卵するとされています。成体は海綿や貝類などを食物とするとされていますが、海洋での生態は謎に包まれています。甲羅は琥珀色、黄色、茶色、及び大理石模様などのカラフルな色彩模様に彩られていることから、古くから工芸品として利用され、乱獲や自然破壊などによってその資源が急激に減少しているとされています。
【卵胞と卵殻卵】(写真2参照)
タイマイなどのハ虫類の卵は雌の体内で受精が行われた後、卵白と卵殻が形成された後に産卵します。卵胞とは体内で受精前後の排卵された卵、また、卵殻卵とは受精後に卵殻が形成された卵のことです。
【人工海浜付海亀育成循環水槽】(図2参照)
人工海浜付海亀育成循環水槽の容量は250kLで、排水は容量150kLの砂ろ過槽でろ過されて貯留槽へと流れ、貯留槽から育成水槽へはエアーリフトで配水される循環方式となっています。育成水槽には海亀が産卵上陸できるような人工海浜を隣接させており、さらに生態観察用のアクリル製の観察窓を対角に2個設置してあります。

図1 タイマイの卵胞直径の季節変化

写真1 タイマイの産卵個体

写真2 超音波診断装置によるタイマイ卵殻卵の画像
(矢印は卵殻卵を示す)

写真3 産卵した親亀の足跡(矢印は産卵場所) 写真4 採卵状況 写真5 孵卵器による卵管理

図2 人工海浜付海亀育成循環水槽