プレスリリース

平成16年9月30日
マハタ種苗の安定生産に成功
(説明資料)


1.はじめに
 マハタ(学名:Epinephelus septemfasciatus)は,銚子,新潟以南の南日本,西太平洋,インド洋に分布するハタ類の一種です。日本のハタ類では大型になる種で全長は1.5m以上,体重も150kg以上に達します。幼魚は水深の浅い岩礁域に生息しますが,成魚になると100m以深まで生息域を広げ,主に魚類やエビ,カニ類などの甲殻類を食べています。外観的特徴としては体側に7本の褐色帯を有し,このため英名ではSeven-band grouperと呼ばれています。本種は,白身の魚で刺身,煮付け,鍋物でおいしく,値段は1kg当たり2,500~10,000円にもなる高級魚です(写真1)。
 全国のマハタ漁獲量の変動は不明ですが,近年は減少傾向にあると言われている(大分県漁協,聞き取り調査)ため,漁業者から資源回復の要望が強い魚種です。また,養殖対象種としても,価格はクエに次いでブリやマダイ、ヒラメなどより高く,また成長が早く3年間で1.5kg以上となることから,大変人気のある魚種です。しかし,国内では天然の稚魚だけでは量的な確保が難しいことから,毎年韓国から数十万尾程度の天然幼魚が輸入されています。
 国内におけるマハタの種苗生産技術開発は,昭和62年に長崎県水産試験場(現:長崎県総合水産試験場)で開始され,平成4年に初めて約4,000尾の稚魚の生産に成功しました。しかし,飼育初期の生残率は10%以下と低く,種苗量産過程における最大の難関が飼育初期の10日間にあります。さらに,仔魚期にはウイルス病(ウイルス性神経壊死症)に罹り大量死亡を生じやすく,安定した生産が難しい魚種です。現在長崎県,大分県,愛媛県および三重県の各水産試験場と民間の養殖場で飼育が行われていますが,これまでウイルス病を発生させることなく稚魚を安定して生産した事例はありません。
 そこで,上浦栽培漁業センターではマハタ人工種苗の安定生産を目指し,平成15年度より種苗生産技術の開発を開始しました。その結果,平成15年度は5.2万尾(生残率26%),本年度は2回の飼育試験で合計12.1万尾(生残率18%)の稚魚を生産し,1回の飼育で5万尾以上の稚魚を安定して生産する技術にめどを得ました。(表1,写真2)。
 以下に,マハタの稚魚を安定的に生産できるようになった4つの飼育技術の改善点を説明します。


2.飼育技術手法の改善点
(1)通気方法
 ふ化後1~2日目の仔魚は水槽底に沈下しやすく,そのまま放置するとほとんどが死亡することが解りました。この問題の解決には,仔魚に直接ダメージを与えない程度の弱い通気(1.5l/分)により,水槽底に一定方向の流れを作りました。これにより,水槽底に沈下する仔魚は少なくなり,ふ化後3日目の生残率は90%にまで向上しました(これまでの平均生残率は50%以下)。次に,ふ化後3日目以降の問題として,水面に浮上して死亡する個体が多く観察されました。これに対しては,水槽中央部から通気を行い,水面に動きを作ることでふ化仔魚が水面に浮上することがなくなり,死亡は大幅に減少しました。

(2)飼育水温
 マハタ飼育の適正水温は,これまで24~25℃と考えられてきました。しかし,26℃で仔魚を飼育し好結果が得られたクエの産卵水温は,マハタとほぼ同じであることから,この水温がマハタ仔魚にとっても適正ではないかと考えました。そこで,従来よりも1~2℃高い水温で飼育試験を行ったところ,種苗生産期間を通じて大きな減耗が続く全長4㎜(ふ化後10日目)までの成長期間が短縮され,生残率も56%(これまでの平均生残率は20%以下)と向上しました (図1)。

(3)飼育水の水質変化の抑制
 マハタの仔魚は,水質の変化に敏感で影響を受けやすいと考えられています。すなわち,水質の急変を避けるためには飼育水への注水量を極力少なくする必要があります。しかし,注水量を少なくすると,仔魚の排泄物や餌生物の死骸の分解により飼育水中に毒性の強いアンモニアが増加します。そこで,飼育水にアンモニアの除去に効果があると言われている多孔質物質(貝化石)を散布する方法で,飼育水中のアンモニア濃度を減少させることができました。この手法により,ふ化後20日目(全長6mm)まで止水状態での飼育が可能となりました。
 注水はふ化後21日目から開始し,徐々に注水量を増加し取り揚げ前のふ化後55日目(従来はふ化後20日目)に1日当たりの換水率を100%にしました。なお,止水飼育の長所として,餌の動物プランクトン(ワムシ)が飼育水槽内で自然増殖するため,新たな追加が必要なく,ワムシ添加に伴う病原菌などの持ち込みを防ぐことができました。このように,飼育水の大きな水質変化を防止することにより,仔魚期から稚魚期にかけての死亡を抑制する手法を開発できました。

(4)ウイルス感染の防除
 マハタの種苗生産では,全長4㎜以上となる10日目頃からウイルス性神経壊死症が発生し,旋回遊泳する個体が出現すると1~2日目後から徐々に死亡する個体が増加します。このウイルスの主な感染源は,親からの垂直伝播であると考えられています。この病気は東南アジア,インド,ヨーロッパ,アメリカ等の世界各地で確認され,30種以上の魚種で報告されており,早急な防除対策の確立が望まれています。  防除対策には,採卵用にウイルスを保有しない親を選別することが最も効果的です。これまで,PCR法で親のウイルス保有状況の診断を行ってきましたが,陰性と判断した親から得た受精卵を用いても仔稚魚にVNNが発生する事例がありました。この原因として,PCR診断で検出できない極わずかなウイルスが存在している可能性があったため,より検出感度が高いNested-PCR法を開発しました。Nested-PCR法の効果判定には,さらに試験事例の蓄積が必要ですが,ウイルス診断技術の向上も安定した生産技術向上の要因と考えています。


3.今後の展望
 このように,飼育方法技術とウイルス疾病対策技術の開発により,2年間連続で5万尾以上のマハタ種苗の量産に成功し,本種の種苗生産に見通しが得られました。今後,この技術をさらに向上させることにより,放流試験用の稚魚の安定確保が可能となり,マハタの漁獲量の回復に向けての取り組みが期待されます。また,天然種苗に依存している養殖も,人工種苗の確保により疾病の持ち込みの危険がなくなり,養殖業の安定に貢献できるのではないかと考えています。
 しかし,まだまだ難問もあります。特に稚魚期のふ化後50日目以降に見られる激しい共食いが,生残率低下の大きな要因となっています。今後は,この共食いを抑制する技術の開発に取り組み,さらに安定した生産技術の確立を目指しています。


用語の説明

【垂直伝播】
 親が持つ病原体(細菌,ウイルス)が子へ伝播することをいう。魚類や甲殻類では親の生殖腺がウイルスに汚染され,受精により卵にウイルスが感染すると言われている。

【ウイルス性神経壊死症】
 ウイルス性神経壊死症(Viral nervous necrosis; VNN)は仔稚魚の脳の中枢神経組織内で増殖し,神経組織を破壊し仔稚魚を死に至らしめる。国内では,シマアジ,ヒラメ,トラフグ,マダイ,キジハタなどの多くの海産魚類で発生しており,深刻な問題となっている。人への感染はない。

【多孔質物質】
 多孔質物質(貝化石)は,数千万年前の貝類を中心とした魚類・珊瑚・甲殻類・ケイ藻類・海藻類などが厚い層となって堆積し化石化したもの。その中で,肥料や飼料の原料になっているものを『貝化石』と総称している。カルシウム(石灰)を主成分とし,腐植酸やリン酸,カリ,マグネシウム(苦土) ,ケイ酸,鉄,マンガン,ホウ素,モリブデン等のミネラルを含む。貝化石の結晶は,電子顕微鏡で見ると炭のような多孔質構造になっており,これが有機物やアンモニアの分解を行なう細菌の住処となる。

【PCR法:Polymerase Chain Reaction】
 PCR法とは,遺伝子の中の特徴的な部分を数時間で少なくとも105倍に増幅することができる。これを用い,ウイルス遺伝子の特徴的な部分を増幅することにより,ウイルスの有無を確認することができる。

【Nested-PCR法】
 PCRで増幅された特徴的な部分の遺伝子について,さらに特徴的な部分を再度PCRで増幅する方法で,微量の試料からでも増幅が可能である。


写真・図