プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
- DNAチップを用いた魚介類細菌性疾病の診断 -
[要旨]
近年、養殖魚介類の病気による被害額は年間100~200億円台に達しており、安定的養殖生産の阻害要因の一つとなっている。特に細菌性疾病は種類も多く,また出荷サイズの大型魚にも発生するため問題が大きい。細菌性疾病の被害を軽減するためには,ワクチンによる予防に加え,病気が発生した場合には,迅速にしかも正確に診断し,病気の発生初期の段階で適切な投薬による治療を行い,病気の蔓延を防ぐことが重要である。
独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所病害防除部では,農林水産技術会議の「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」による「マイクロアレイを使った魚介類疾病の迅速同定・診断、防除技術の開発」プロジェクトにより,遺伝子をターゲットにした魚介類病原細菌を迅速かつ正確に検出する新たな診断技術を開発した。
独立行政法人 水産総合研究センター
総合企画部広報課 広報官 飯田 遥 TEL:045-227-2624
養殖研究所 企画連絡室長 秋山敏男 TEL:0599-66-1830
病害防除部長 飯田貴次 TEL:0599-66-1830
病害防除部 病原体制御研究グループ チーム長 大迫典久 TEL:0599-66-1830
資 料
(表1~3、図1~4)
【背景・ねらい】
魚介類養殖業の発展に伴って,生産量が増加し,養殖対象種も多様化したことから,魚介類の疾病も頻発かつ多様化してきている。魚介類の感染症は養殖業の持続的発展を阻害する大きな要因となっており,養殖業における魚病の防除と被害低減のための方策の確立が急務となっている。ワクチンによる予防法も開発され初めているが,実際的な魚病対策の基本は,迅速な診断とそれに基づく疾病蔓延の防止である。このような状況下で農林水産省農林水産技術会議の「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」による「マイクロアレイを使った魚介類疾病の迅速同定・診断、防除技術の開発」が,魚介類疾病の迅速かつ正確な診断技法の開発を目的として実施されている。とくに魚病の中でも,細菌性疾病は種類が多く,商品サイズの大型魚にも被害が及ぶことから,養殖業者は対策に頭を悩ませている。現在行われている細菌性疾病の診断法は,抗血清を用いた凝集試験や細菌培地を用いた分離培養,さらに各種性状試験を行うものが主であるが,さらなる診断精度の向上や検出時間の短縮が求められている。近年では,精度の高い検出方法としてPCR診断法が開発されているが,個々の細菌種の検出にしか対応できず,網羅的な探索は困難である。
プロジェクト研究チームは,魚介類病原細菌のリボソーム16S rRNA遺伝子コード領域の中から,種々の病原細菌のそれぞれに特徴的な塩基配列を探索し,その部分の核酸(オリゴDNA)をナイロン膜上にスポットした。この様にして魚病の病原細菌検出用のDNAチップを作製し,実際に病魚から病原体を検出することに成功した。このDNAチップを使用することによって,従来の培地を用いた培養による病原菌の検出に比べて診断までの時間が短縮されること,一度に多くの病原体の網羅的な探索が可能であること,培養の必要がないことから試料の保存法が比較的容易なこと,菌の種に特異的な検出を行うため,より詳細な病原細菌の情報が得られることなどが明らかとなった。さらには,16S rRNAの配列情報があれば,新たに発生することが予想される細菌性疾病など,どのような細菌の検出にも対応可能である。今回開発されたDNAチップは,すでに実際の診断現場で試用され,その有用性は実証済みである。
今回開発したDNAチップを用いた診断技術では,試料中に含まれている病原細菌を比較的短時間かつ網羅的に検出することが可能となった。このように魚介類疾病の診断が迅速・多様・高度化することにより,疾病の早期発見,早期治療が可能となり,魚病の蔓延防止が可能となる。ひいては消費者への安全・安心な養殖生産物の提供に資するとともに,魚介類養殖業の経営安定に貢献できる。現在のところ,診断できる魚病細菌は23種類であるが,今後その数を増やしていく予定である。なお,この診断技術については特許取得申請中である。
【成果の内容・特徴】
(a)DNAチップの作製
DNAチップに用いるスポットDNA(基質であるナイロンメンブレン上に貼り付けるDNA)と検査試料として用いる病原細菌の標的DNA(標識するDNA)について検討を行い,スポットDNAには合成された変異領域のオリゴDNA(50mer),標的DNAにはその変異領域を含む16S rRNA部分領域とする組み合わせが最も有効であった。そこで,現在水産養殖の主要な養殖対象魚種の重要な細菌性疾病について,既知病原細菌の16S rRNA領域の配列中に,それぞれの菌に特異的な配列を探索した。ついで,それらの領域の中に50merのオリゴDNAを合成し,ナイロン膜上に並べてスポットした(図1)。なお,対象となる疾病は主要淡水産養殖対象魚(コイ、ウナギ、アユ、サケ科魚類)の20種類(表1)及び主要海産養殖対象魚介類(ブリ類、マダイ、ヒラメ、マコガレイ、シマアジ、イサキ、アワビ)の18種類(表2)であり,これらの検出可能な病原細菌の種類は表3に示した23種類である。
(b)検出方法及び反応条件の検討
検出する細菌の16SrRNA領域の増幅および標識方法としては,検査試料からDNAを抽出し,それを鋳型として真正細菌汎用プライマーを用いたPCR(1回目)を行い試料中の細菌遺伝子の16S rRNA のほぼ全領域を増幅する。ついで特異領域を検出するために新たに設計されたプライマーを用いて2回目のPCRを行い5' 領域の約300bpを増幅させると同時にマーカーを取り込ませて標識を行う。2回のPCRによって,確実に16S rRNA部分領域の増幅および標識が可能となり,感度の向上と再現性の増加が見られた。DNA-DNAハイブリダイゼーションの条件検討では,まず反応温度において室温との差を少なくし,ハイブリダイゼーションの条件を一定に維持する方が再現性に優れるため,ホルムアミド添加により温度を下げる検討を行い,42℃の時にホルムアミド濃度を20% にするのが再現性にすぐれていることを明らかにした。ついで,反応時間について調べ,最短2時間で十分な検出シグナルが得られることがわかり,2時間を反応時間と設定した。この様に設定したハイブリダイゼーションの条件を用いて上記のPCRによって標識された検査試料を細菌検出用のDNAチップとハイブリダイゼーションを行い,洗浄および検出操作を行う。陽性反応を示したスポットから,検査試料に含まれる細菌の種類が同定される。
(c)応用例
応用例として実験的にエドワジエラ症の病原菌(Edwardsiella tarda) を感染させたヒラメの腎臓および脾臓から抽出したDNAを,試作したDNAチップ上に載せ,ハイブリダイゼーションさせたところ病原菌を検出することが出来た(図2)。また,長崎県で発生したイサキ病魚の腎臓からDNAを抽出し,試作DNAチップにより原因細菌の検出を試みたところ,シュードモナス症病原菌(Pseudomonas anguilliseptica) による病気であることが判明した(図3)。
さらに,大分県で発生したシマアジの原因不明の疾病についても検査を行ったところ,腎臓抽出DNAを用いたDNAチップでの検査では,強弱はあるものの類結節症の病原菌 (Photobacterium damselae) とビブリオ病の病原菌(Vibrio anguillarum)に発光が見られ,反応の強さから類結節症原因菌に近縁と推定された(図4)。確認のため系統解析を行ったところ,Photobacterium 属に近縁であるが既知の病原体ではない細菌であることが明らかとなった。
【今後の課題・展望】
今回開発されたDNAチップには23種類の病原細菌の遺伝子がスポットされているが,今後この数を増やしていく予定である。さらに,細菌による魚介類の疾病は現在も増え続けていることから,新しい種類の病原体にもその都度対応する予定である。一方で,ビブリオ属の細菌のように,近縁の種類が多くかつ16S rRNAの塩基配列がどれも非常に類似している場合は,今回のDNAチップではそれぞれの種を特異的に検出することが困難である。今後は,近縁種の判別など検出の難しいものへの対応が課題である。
【用語説明】
DNAチップ(マイクロアレイ):
DNAチップ(マイクロアレイともいう)とはガラスなどの基質の上に多種類のDNA断片や合成オリゴヌクレオチドを整然とスポットしたもので, 多くの遺伝子の発現を一度に測定したり,特定の遺伝子がゲノムに存在するか,変異を起こしているかなどを調べる目的で使用される。また,血液や組織の試料中のDNAとDNAチップとを反応させて,その試料中にどんな遺伝子があるかを網羅的に調べることも出来る。
ハイブリダイゼーション:
2本の対を為す核酸の鎖が結合し,二重螺旋を形成する過程をさす。これを用いて特定のヌクレオチド配列を持つか否かを容易に調べることが出来る。
リボソームRNA(rRNA):
リボソームRNAはタンパク質とともに複合体となってリボゾームを形成する。リボソームRNAの塩基配列は生物によって異なるが,基本的な構造は全ての生物に共通している。
16S rRNA:
16S rRNAはリボゾームRNAのうち主として真正細菌の小サブユニットを構成するrRNAに対して使われる名称で,16Sとは沈降係数である。この小サブユニットRNAは,種間で保存された領域と変異が多い領域がその分子内にあることから,生物間で系統を解析するためにしばしば核酸配列の比較が行われる。
PCR:
Polymerase chain reactionの略。一本鎖のDNAからは,それと対を為すもう一本のDNAをポリメラーゼという酵素によって合成することができる。これを利用してDNA合成を何度も繰り返すことにより,特定のDNA領域を増幅する方法。