プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
-アコヤガイ赤変病の早期・簡易診断が可能に-
【要旨】
1996年に顕在化した軟体部の赤変化を伴うアコヤガイの大量死(アコヤガイ赤変病)は、西日本各地の真珠養殖場に大きな被害を及ぼし、真珠生産額減少の一つの要因となっています。これまでの研究により、本疾病は感染症であることは分かりましたが、その病原体は未だ特定されていません。そのことから、これまで本疾病の診断方法としては、その特徴である軟体部の赤変化の観察や、閉(へい)殻筋(かくきん)(貝柱)や外套(がいとう)膜(まく)における病理組織学的方法が主に用いられてきました。
しかし、軟体部の赤変化の観察は早期診断には適さず、また、病理組織学的手法は診断に長い時間を要するとともに生かしたまま診断することが不可能でした。そこで、独立行政法人水産総合研究センター(養殖研究所)では、愛媛県水産試験場と共同で早期・簡易診断法の開発を進めてきました。その結果、単クローン抗体を用いたアコヤガイ赤変病の新たな診断法の開発に成功しました。
なお、本研究の詳細は4月初旬に東京で開催される平成17年度日本水産学会大会で報告します。
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 総合企画部 広報課 広報官 飯田 遥 TEL:045-227-2624
養殖研究所 企画連絡室長 秋山敏男 TEL:0599-66-1830
病害防除部長 飯田貴次 TEL:0599-66-1830
病害防除部 病原体制御研究グループ 伊東尚史 TEL:0596-58-6411
【背景・ねらい】
1994年から一部の養殖場において発生した軟体部の赤変化を伴うアコヤガイの大量死(アコヤガイ赤変病)は、1996年以降は西日本各地の真珠養殖場に被害が拡大し、真珠生産額減少の一つの要因となっている。これまでの研究により、本疾病は感染症であることが示され、さらにその病原体は大きさが0.45マイクロメーター以下で病貝の血リンパ液に存在することが明かとなった。しかしながら、未だ病原体は特定されていない。そのことから、これまで本疾病の診断方法としては、その特徴である軟体部の赤変化の観察や、閉殻筋や外套膜における病理組織学的方法が主に用いられてきた。しかし、軟体部の赤変化は重篤な状態で現れることが多いことから早期診断には適さず、病理組織学的手法については標本作製に技術や時間を要し、さらに貝を生かしたまま診断することが不可能であった。
そこで、独立行政法人水産総合研究センター(養殖研究所)では、アコヤガイ赤変病の病原体究明に関して科学研究費補助金「アコヤガイ感染症の病原体の究明」において、さらにアコヤガイ主要生産県が参加する「アコヤガイへい死要因に関する研究会」を組織して研究を推進してきた。その一環として、愛媛県水産試験場と共同でアコヤガイ赤変病の早期・簡易診断法の開発も進めてきた。
【成果の内容・特徴】
(a) アコヤガイ赤変病の病貝に対する単クローン抗体の作製
アコヤガイ赤変病の病貝の血リンパ液をBALB/cマウスに注射し、その脾臓の抗体産生Bリンパ球とミエローマ細胞と融合させた。健常貝(本疾病の発生が無い石川県産の母貝)とアコヤガイ赤変病病貝(愛媛県産母貝)を用いて、病貝のみに反応する抗体を産生する細胞を選択した。1,070のハイブリドーマ(融合細胞)を調べた結果、病貝の血リンパ液のみに反応する抗体を産生する1つのハイブリドーマを得た。このハイブリドーマから得られた単クローン抗体は、間接蛍光抗体法だけでなく酵素抗体法を用いても病貝と健常貝との判定が可能であった(図1)。
(b) 実験感染貝及び養殖貝に対する反応性の検討
アコヤガイ赤変病病貝の血リンパ液を石川県産の健常貝に接種し、実験的にアコヤガイ赤変病の病貝を作った。この実験感染病貝の血リンパ液を10~15日間毎に採種し単クローン抗体により診断を行った。単クローン抗体を用いた診断と併せてこれまでの診断方法である外套膜の病変観察も行い、さらに貝の死亡率を調べた。なお、実験の対照として健常貝の血リンパ液を接種する試験区も設けた。その結果、病貝の血リンパ液を接種したアコヤガイでは接種60日後から陽性反応が検出されたが、健常貝の血リンパ液を接種したアコヤガイでは試験期間を通して陽性反応は検出されなかった。この陽性反応の出現は外套膜の病変が現れる時期と一致し、死亡が始まる時期より早かった。(表1)。本単クローン抗体はアコヤガイ主要生産県の日本産病貝に対しても反応し、中国系病貝にも反応した。また、宇和海の養殖貝における本単クローン抗体の陽性反応は、閉殻筋a値(赤色度を表す指標)の上昇する約1ヶ月前から増加した。
今回開発された方法は血リンパ液の一部を用いるだけで良いことからアコヤガイを生かしたまま診断できる。また本法を用いることにより、軟体部が赤変化する以前から診断が可能となり、さらに
外国産アコヤガイを導入する際の検疫や種苗生産時の母貝選抜等への応用が可能であると考えられる。
【今後の課題・展望】
今回得られた単クローン抗体が血リンパのどの様な部分と反応しているのか、またそれが病原体で有るのか否かを明らかにしていくことが重要であると考えられる。
なお,本単クローン抗体と診断技術については「アコヤガイ赤変病の検出用モノクローナル抗体、その調整方法及び利用方法。」として特許取得申請中(特願2005-023458)であり、また本研究の詳細は4月初旬に東京で開催される平成17年度日本水産学会で報告される。
【用語説明】
単クローン抗体:
モノクローナル抗体ともいう。単一クローンの抗体産生細胞が産出する抗体のこと。抗体産生Bリンパ球と永続的な増殖能を持つマウス骨髄腫細胞を融合させたハイフリドーマから作製される。単クローン抗体の利点として特異性が高いことや半永久的な抗体の作製が可能であることなどが揚げられる。
BALB/cマウス:
近交系(生まれた子どうしの兄妹交配を行い遺伝子構成の均一性を高めた動物)マウスの一種で広く使用されている系統のマウスのこと。一般的に単クローン抗体作製のための実験動物として用いられる。
ミエローマ細胞:マウス骨髄腫細胞のこと。
ハイブリドーマ:細胞融合法により得られる抗体産生細胞と骨髄腫細胞との雑種細胞のこと。
間接蛍光抗体法:
間接免疫蛍光法ともいう。蛍光色素で標識化した抗体を用い組織における物質を抗原抗体反応の特異的な結合による蛍光追跡で分析する方法の一種。