プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
-新顔の赤潮プランクトンの予察に朗報-
【要旨】
昨年夏、初めて赤潮を引き起こした新顔の赤潮生物シャットネラ・オバータにより、マダイやハマチなどの養殖魚類がへい死して大きな漁業被害をもたらした。独立行政法人水産総合研究センターは、広島湾をモデル海域に調査を行い、これまで不明であったこの新顔の赤潮プランクトンのたね(シスト:直径約30ミクロンの半球形で、珪藻等の殻に付着)を海底泥中から初めて発見するとともに、その分布状況を把握することにより同海域における赤潮の初期発生水域を特定した。
シャットネラ属のシストは、広島湾のほとんどすべての調査定点で確認されたが、シストの分布密度が高い水域は、広島市南方の西能美島の北部と西部にみとめられ、これらの海域がタネ場と考えられた。分布密度は泥1gあたり最大227個であった。
シストの発芽は20℃以上でみられ、本種はシャットネラ属の他の種に比べ、発芽により高い温度を必要とすることも判明した。
今回の発見により、今後、シャットネラ・オバータの生態や発生機構の解明が進み、本種による赤潮の発生予察に繋がるものと期待される。
独立行政法人 水産総合研究センター
総合企画部 広報課 広報官 皆川 恵 TEL:045-227-2624
瀬戸内海区水産研究所 企画連絡室長 玉井恭一 TEL:0829-55-0666
赤潮環境部長 渡辺康憲 TEL:0829-55-0666
赤潮生物研究室長 山口峰生 TEL:0829-55-0666
参考資料
(図1~7)
[研究の背景]
○今回、研究対象としたシャットネラ(用語の解説)は、大規模な赤潮を形成し、漁業被害をもたらす極めて有害な赤潮プランクトン。
1972年に播磨灘で発生した赤潮では、71億円にのぼる史上最大の漁業被害をもたらした。
○わが国に出現するシャットネラ属は6種類。これまではシャットネラ・アンティーカとシャットネラ・マリーナが主要な有害種。
○2004年夏季に瀬戸内海のほぼ全域においてシャットネラ・オバータ(図1)による赤潮が発生し、深刻な漁業被害が発生。
○過去にシャットネラ・オバータが主体となる赤潮やそれに伴う漁業被害の報告はなく、その増殖生理ならびに生態はほとんど不明。
○シャットネラ・オバータ赤潮の発生機構を明らかにするには、その発生起源となるシストの生理・生態の解明が必要。
○本研究の目的は、広島湾を調査海域とし、その海底泥中におけるシャットネラ・オバータのシスト(用語の解説)の探索を行うとともに、その分布密度及び発芽温度特性を調べ、発生海域を特定すること。
[成果の内容・特徴]
(1)広島湾の海底泥中にシャットネラ・オバータのシストが存在することを確認
・2005年6月に広島湾に設けた調査定点12点(図2)において採泥調査を実施
・海底から1cm深までの泥を採取
・得られた海底泥サンプルを培養し、シャットネラ・オバータ栄養細胞(用語の解説)の出現を観察
・泥の培養開始後3日目から本種の栄養細胞が出現し、シストの存在が証明された(図3)
(2)シャットネラ・オバータのシストを泥から探索
・試料が発する蛍光を観察する顕微鏡下でシストと思われる細胞(図4)を細いガラス管によって分離
・細胞一個ずつを培養し、発芽の有無を観察
・培養した約300細胞のうち13個が発芽(うち10細胞がシャットネラ・オバータ)
(3)シャットネラ・オバータのシストの形態(図5)
・シストは大きさ約30ミクロンの半球形で珪藻等の殻に付着
・色は黄緑色から褐色で、内部に数個の褐色粒子
・表面はなめらかで突起物なし
・本種のシストの形態は従来のシャットネラ種と酷似(両者の区別は困難)
(4)広島湾におけるシスト(シャットネラ・オバータと従来種)の分布状況(図6)
・シストはSt.9(図1)以外のすべての定点で確認
・分布密度は泥1gあたり最大227個
・シスト分布密度が高かった水域は、西能美島の北部(St.10)と西部(St.12)
・広島湾のシスト密度はシャットネラ赤潮が頻発している八代海や有明海に匹敵
(5)シストの発芽に及ぼす温度の影響(図7)
・シャットネラ・オバータのシストは20℃から30℃の間で発芽
・17.5℃以下では発芽せず
・発芽には従来のシャットネラ種(15℃でも発芽)に比べより高い温度が必要
[今後の課題・展望]
シャットネラ・オバータは今後、西日本各地で分布をさらに拡大する懸念があるが、シストの形成や発芽などの特性を詳細に調べ、さらには栄養細胞(用語の解説)の増殖特性も合わせて解析することにより、シャットネラ・オバータ赤潮の発生機構が明らかとなるばかりでなく、将来的にはその発生予察や防除に繋がることが期待される。
【用語説明】
・シャットネラ:
ラフィド藻の一種で、赤潮の原因となる極めて有害なプランクトン。わが国では6種が知られる。細胞の大きさは30~130ミクロン。シャットネラは、活性酸素を産生して魚類の鰓に影響を及ぼし、窒息死させる。シャットネラ・オバータは、著しく発達した液胞と細長い紡錘形の葉緑体により他のシャットネラ種と区別される。本種は中国南部やメキシコでも赤潮を形成し、被害を及ぼしている。
・栄養細胞、シスト:
赤潮プランクトンの細胞は、大きく栄養細胞とシストとに分けられる。栄養細胞は分裂・増殖できる形で、鞭毛を使って海水中を遊泳し、大量に増えすぎると赤潮となる。シストは高等植物の種子にあたる細胞(休眠期細胞)で、環境条件の悪化に強い耐性を持っている。シスト自身は増殖できないが、冬の間、海底泥中で休眠し、初夏になると発芽・増殖して栄養細胞の形にもどる。