プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
-湖沼環境の悪化防止対策に光明-
【要旨】
近年、アオコと呼ばれるらん藻類の大量発生現象が世界中の湖沼などで頻発している。アオコは水質悪化の原因となるばかりでなく、中には毒素をつくり、人や動物の健康への影響が懸念される種類もある。
独立行政法人水産総合研究センター、福井県立大学、株式会社エス・ディー・エスバイオテックの共同研究チームは、代表的な有毒アオコ原因らん藻であるミクロキスティス属に対して特異的に感染し、死滅させるウイルスを湖沼の水から世界で初めて分離・培養し、その性状を解明することに成功した。この発見は、天然環境中のアオコ個体群の消長がウイルスに影響されている可能性を示すものであり、将来的には「有用ウイルスを用いたアオコ制御による湖沼環境の悪化防止技術の開発」に繋がるものと期待される。
本研究の一部は、NEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)先導研究予算により行われた。
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 総合企画部 広報官 皆川 惠 TEL:045-227-2624
瀬戸内海区水産研究所 企画連絡室長 玉井恭一 TEL:0829-55-0666
赤潮環境部長 渡辺康憲 TEL:0829-55-0666
赤潮制御研究室 長崎慶三 TEL:0829-55-0666
別紙資料
(用語説明、図D-F)
【背景と目的】
・世界各地の陸水域(湖沼)において、アオコと呼ばれる植物プランクトン(主にらん藻類)の大量増殖現象(水の華と呼ばれる)が起こっている。
・アオコは光合成によって酸素供給をし、魚介類の餌にもなるなど、繁殖が適切であれば問題はない。しかし、異常に増殖すると魚介類を死亡させたり、悪臭を放つことがある。
・ わが国における代表的なアオコ原因らん藻であるミクロキスティス(Microcystis)属は、発癌促進活性を有する肝臓に作用する毒「ミクロシスチン」を生産し、しばしば水の強毒化の原因になる。ミクロシスチンはフグ毒に匹敵する猛毒である。
・ミクロシスチンによる水の毒化は、人体への健康被害を引き起こす(急性的には肝臓障害、慢性的影響として肝ガンを促進)。そのため、世界保健機構(WHO)では、飲料水中のアオコ毒の基準を1μg/L以下に定めた。海外ではアオコ毒による人や家畜の死亡事故が過去にも起こっている。一例として、ブラジルカルアル市の人工透析センターで血液透析用の水にアオコ毒が混入し、60名以上が死亡するという事故が発生した(1996年)。
・海外においてはミクロシスチンによる水の毒化は、家畜・野生生物・魚類のへい死を引き起こすなど畜産業・水産業の分野においても深刻な問題として位置付けられている。
・わが国では近年、強毒性のミクロキスティス株の出現が報じられているが、幸いなことにこれまでのところ、ミクロシスチンによる人体への健康被害は報告されていない。
・以上の背景より、アオコによる水の汚染(とくにわが国ではミクロシスチン産生種であるミクロキスティス属によるアオコ発生)を防ぐための効果的な対策技術が求められている。
【成果の内容・特徴】
・ミクロシスチンを生産するミクロキスティス株(ミクロキスティス・エルギノーザ)に対して感染・溶藻するファージ(ウイルス)を自然水中から探索し、その単離に世界で初めて成功した。得られたウイルス株の性状を詳細に調べた。
・単離されたウイルス株(シアノファージMa-LMM01株)は、ミクロシスチンを生産するミクロキスティス株(ミクロキスティス・エルギノーザ
NIES-298)に対して特異的に感染し、死滅させた(図D-F)。
・その際、1個の宿主細胞内では、感染後6~12時間以内に約50~120個のウイルスが新たに複製され(図E)、環境中に放出された。これらの新しく作られたウイルスは、まだ感染を受けていない宿主細胞に対して感染し、死滅を引き起こした。
・ウイルス株(Ma-LMM01)は、頭部と尾部からなる典型的なファージの構造を有していた(図D)。
・ウイルス株(Ma-LMM01)は、長さ約160kbpのDNAを自身の設計図(ゲノム)として持ち、そこには約180個のタンパク質の設計図が書き込まれていた(160kbpのDNA=約160,000個の塩基対が繋がった二本鎖のDNA)。この設計図を詳細に解析することで、ミクロキスティスとウイルスの関係をより的確に理解できるものと期待される。
【今後の展望】
本研究によって単離されたウイルスは、ミクロキスティス・エルギノーザに対して特異的かつ効率的に作用する天然の致死因子(=抗アオコ因子)である。こうした性質を持つウイルスを天然環境中からさらに多く単離し、アオコ発生が問題となっている湖沼に投入(予防接種的に適用)することで、天然環境中のミクロキスティス・エルギノーザの発生を選択的に抑制(予防)することが可能になるものと期待される。また、本ウイルスに関する生理・生態・分子生物学的研究を推進するとともに、別種のアオコ原因らん藻に感染するウイルスの単離を試みることで、将来的には様々なアオコ原因種による水質悪化を人為的に防止するための技術開発に繋がるものと考えられる。
世界水会議2000は、2025年には人口の40%が深刻な水不足に直面することを、また国連環境計画(UNEP)はアジアでの深刻な水不足をそれぞれ予測しており、21世紀には水が最も重要な資源となる可能性が示されている。医療分野においては、過去に不可能とされていた「ファージ療法(ウイルスを用いた細菌症治療技術)」が見直されており、環境改善分野におけるウイルス利用についてもその可能性の再吟味が期待される。