プレスリリース

平成18年2月7日
独立行政法人水産総合研究センター
簡便な魚類用麻酔剤の開発技術を確立


 養殖業や栽培漁業の現場では、麻酔剤がワクチン接種、トラフグの歯切り、標識装着、測定など、様々な局面で使用されています。現在麻酔剤として1種類の薬剤が動物用医薬品として承認されていますが、麻酔時に魚が暴れると泡が発生して、魚の状態が観察しにくい等の問題があります。
 一方、炭酸ガス(CO2)に魚類に対する麻酔効果があることは以前から知られていますが、直接炭酸ガスを麻酔に使用することは、ボンベの移動・保管などの点で多くの労力を要します。
 そこで、手軽に利用できる麻酔剤を開発することを目的として、数種類の炭酸塩、有機酸、固形化促進剤を組み合わせて炭酸ガス発泡剤を試作し、魚類の麻酔効果を検討しました。その結果、食品添加物である重曹、食添コハク酸、食添グリセリンで作製した固形発泡剤(錠剤)が麻酔剤として有効であることが明らかとなりました。また、試作品では、市販麻酔剤の10分の1以下のコストで同様の麻酔効果が得られました。
 今回開発した技術を基に、今後、安全・便利・安価な市販麻酔剤の開発が可能になると期待されます。
 本技術は、現在特許出願中(特願2006-007865)です。


本件照会先:
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 総合企画部 広報官 皆川 惠 TEL:045-227-2624
古満目栽培漁業センター 渡辺研一 TEL:0880-72-1207

出願中の特許に関しては
  本部 研究調査部 知的財産専門官 倉沢陽子 TEL:045-227-2692


1.技術開発の背景
①養殖や栽培漁業の現場では、ワクチン接種、トラフグの歯切り、標識装着、測定など、様々な局面で麻酔剤が使用されています。現在動物用医薬品として1種類の麻酔薬(大日本製薬FA100)が承認されていますが、使用時に液表面に泡が発生し、魚が観察しづらい等の問題があります。
②炭酸ガスには魚類に対する麻酔効果があることが知られています。これまで実験的には、麻酔の際に炭酸ガスのボンベを用いて炭酸ガスを通気して麻酔する方法や、炭酸水素ナトリウムと酢酸を規定量添加して麻酔する方法が行われてきました。しかし、いずれの方法もボンベを用意することや炭酸水素ナトリウムや酢酸を計量することなど、繁雑な作業が多く、簡便な方法とは言えません。
③このため、安全で簡便な麻酔剤の開発が生産現場等から要望されていました。


2.成果の内容
 炭酸塩と酸を混合すると炭酸ガスが発生することを応用し、数種類の炭酸塩(用語の説明)と有機酸(用語の説明)からそれぞれ一種類ずつを用いて様々な混合率で混合し、これに固形化促進剤を加えて整形、乾燥させて錠剤を試作しました。この錠剤を種々の希釈倍率となるようにろ過海水に溶解して、予備的に麻酔の効果を検証した結果、マダイ、ヒラメなどに十分な麻酔効果が得られました。
 そこで、その中でも効果的な組み合わせについて、食品添加物として市販されている炭酸塩と有機酸,固形化促進剤を用いて麻酔剤を試作し、下記のような実験を行いました。

1)実験条件
 ①実験魚:マダイ、ヒラメ(体長6~25cm、体重5~335g)
 ②麻酔剤の成分 炭酸塩:重曹(炭酸水素ナトリウム)
         有機酸:食添コハク酸、食添酒石酸
         固形化促進剤:エタノール、食添グリセリン
 ③麻酔剤の海水中の濃度:0.2~1.1 g/L
2)実験項目
 ①麻酔時間(ワクチン注射、歯切り、標識装着、測定などに供することが可能となるまでの時間(写真1)))
 ②覚醒時間(麻酔から覚めるまでの時間)
 ③麻酔をかけた翌日までの魚の死亡率
3)実験結果
 ①食品添加物として認可されている1)②を素材として試作した麻酔剤(写真2)でも、マダイ、ヒラメが4分~5分(濃度0.4~0.7g/L)で麻酔状態となり、十分な麻酔効果が認められました。
 ②覚醒時間は2~3分で、麻酔をかけた魚が翌日までに死亡することはありませんでした。


3.本技術の特徴
 ①簡易である
  麻酔をかける際には、各魚種に好適な麻酔濃度となる量の錠剤を用意し、海水に溶解すれば良いため、非常に簡便です。また、ガスボンベを必要としないため、手軽にどこでも使用することが可能です。
 ②安全である
  食品添加物のみを使用して麻酔をかけられることから、食の安心・安全へ配慮した麻酔法となっています。
 ③安価である
  市販品と試作品のコストを比較したところ、同じ麻酔効果を得るためのコストは試作品が市販品の10分の1以下でした。


4.今後の課題と展望
 今後は実際の現場で使用できるように、水温や魚の大きさごとの効果を詳細に把握していく予定です。


用語の説明
【炭酸塩】
 炭酸(H2CO3)と塩基(ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)の化合物。原始地球が冷却される際に、大気中の二酸化炭素が海水に吸収されて炭酸塩(主に炭酸カルシウム)が大量に出来たと言われ、地中に石灰岩などとして存在する。また、炭酸カルシウムは貝殻やサンゴ、有孔虫などの骨格の主成分でもあるため、海中にも大量に存在する。

【有機酸】
 果実などに多く含まれる、弱酸性の有機化合物の総称。実験に使用した酸の他、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、ソルビン酸、グルコン酸などがある。