プレスリリース
独立行政法人水産総合研究センター
【要旨】
海藻を発酵させてできた食品や肥飼料製品は、未だ見当たらないが、これは人類の長い歴史の中で、海藻を発酵させる技術がみそなどのように自然発生的に発明されてこなかったことによる。独立行政法人水産総合研究センターは、海藻を発酵させる技術を既に開発し、得られる発酵産物の産業利用を検討している。
今回、日本水産株式会社と共同でエクロニアという海藻を原料として調製した発酵産物を養殖のエサに配合してマダイに与えたところ、養殖現場で問題となっているイリドウイルス感染症に対する抵抗性が高められることを見出し、共同特許出願を行った。発酵食品や海藻を食べるとヒトの健康増進に役立つことは、一般によく知られているが、魚に対してもよい効果があることがわかった。今回の発見は、薬剤等を使用しない安全安心な養殖魚の育成に役立つものと期待される。
独立行政法人 水産総合研究センター
本部 総合企画部 広報官 皆川 恵 TEL:045-227-2624
瀬戸内海区水産研究所 企画連絡室長 玉井恭一 TEL:0829-55-0666
生産環境部長 時村宗春 TEL:0829-55-0666
参考資料
【研究の背景】
○海藻そのものを発酵させる技術については、海藻からエネルギーを得ようとする研究があるが、食品(図1)や飼料として利用することを意図した研究はこれまでほとんどなかった。独立行政法人水産総合研究センターは、6年前に海藻を乳酸発酵させる技術を初めて開発し、得られた発酵産物を食品や飼料として利用することを検討してきた。
○飼料として利用する研究開発では、一部の種類の海藻を単細胞化する技術が開発され、得られた直径約10μmの海藻微粒子を二枚貝のエサとして利用できることが判明した。しかし、魚向けのエサとしての利用は未検討であった。また、海藻の発酵産物が水産動物の成長に役立つという観点からの飼料価値は認められていたが、免疫を高めるなどの面からの飼料価値については検証されていなかった。
○近年、養殖の現場では、様々な病気が発生してしばしば大きな漁業被害を与えている。特にウイルス感染症の場合は、大量感染・大量斃死につながる危険性があるため、養殖業に大きな影響を及ぼす。これまで水産総合研究センター養殖研究所などが中心となってワクチン開発の分野で成果を上げているが、ワクチン処理にコストがかかることや新しいウイルス感染症が発生するたびにワクチン開発を新たに行わなければならないなどの問題があり、エサを食べさせるだけで魚の免疫機能を高めることができれば理想的と考えられていた。

図1 発酵食品の分類:海洋系の植物性の素材である海藻を発酵させてできた食品はまだない。
海藻発酵素材は、食品や飼料など色々な分野で利用できる可能性がある。
【成果の内容・特徴】
○養殖用飼料にエクロニアという海藻の発酵産物を10%配合した飼料を、試験開始1週間前からマダイに与え、その後、イリドウイルスに感染させて経過を観察したところ、海藻発酵産物を配合しない飼料を与えた場合と比較し、生残率が有意に高まることを見出した(図2)。発酵処理していないエクロニアを配合しても生残率が改善したが、発酵処理した海藻入りの飼料を食べたマダイの方が、生残率がより高い傾向にあった。海藻発酵産物が、養殖魚に対して単に栄養素として役立つだけではなく、ウイルス感染症への抵抗性を向上させるはたらきがある有用機能性素材であることが新たにわかった。

図2 マダイにイリドウイルスを感染させて生残率を調べた実験
試験開始の一週間前からエクロニア発酵産物を配合したエサを与えられたマダイは、エクロニアを含まない普通のエサを与えられたマダイより生残率が高い(P<0.05)。
【今後の課題・展望】
○ 海藻発酵産物を食べさせることで魚のウイルス感染症に対する抵抗性が向上する機構については、現在のところ不明であるが、ワクチンによる抵抗性付与の場合、個別のウイルス感染症ごとに有効なワクチンを開発し、また魚へのワクチン処理にもコストをかけなければならないという問題があるのに対し、エサとして食べさせるだけで抵抗性を付与できる点は、有利と考えられる。消費者が望んでいる薬剤等を使用しない安全安心な養殖魚の供給に役立つものと期待される。
○本成果は、平成18年度日本水産学会大会(3月30日、高知大学)において発表を行う予定である。
【用語解説】
・ 海藻の乳酸発酵技術:
水産総合研究センターが開発した海藻を乳酸発酵させる技術は、糖化と発酵の2つのプロセスからなる(図3)。即ち、まずセルラーゼという酵素で海藻の細胞壁に含まれるセルロース成分を分解し、ブドウ糖を産生させる(糖化過程)。次に産生されたブドウ糖を基質として乳酸菌のはたらきで乳酸を産生させる(発酵過程)。実際には、セルラーゼと乳酸菌を同時に添加することで、海藻の糖化と発酵を同時進行させている。

図3 海藻の発酵プロセス
海藻の細胞壁のセルロース成分を糖化処理しながら発酵させている
・エクロニア(Ecklonia maxima):
南アフリカ原産の褐藻類の海藻で、価格が安いため肥料等に利用されている。日本にも成育するカジメの仲間。
・マダイイリドウイルス病:
1990年四国のマダイ養殖場で初めて発生し、その後、ブリ、スズキなどでも発生して大きな被害をもたらしている。著しい貧血を起こして、死に至らしめる。