プレスリリース
平成19年3月26日新たなイセエビ幼生の飼育方法を開発 -イセエビ種苗の安定生産を目指して-
1.背景とねらい
独立行政法人水産総合研究センターでは、平成17年度から、農林水産技術会議からの委託によるプロジェクト研究「ウナギ及びイセエビの種苗生産技術の開発」を実施し、飼育が困難で幼生期の生残率が極めて低いウナギとイセエビの種苗生産技術の開発を進めている。その中で南伊豆栽培漁業センターでは「フィロソーマの好適飼育環境維持技術の開発」を課題として取り組んでいる。
イセエビの幼生は「フィロソーマ」(写真1)と呼ばれ、極めて特異な形態を有している。その人工飼育については、1899年に報告されてから100年以上にも及ぶ歴史がある。1988年に三重県と北里大学で初めてフィロソーマ、プエルルス幼生(写真2)を経て稚エビ(写真3)までの人工飼育に成功し、その後飼育に関する知見が集積されつつあるが、幼生の生残率は数%と極めて低く量産段階には至っていない。
フィロソーマ幼生の飼育は、体が扁平で顎脚や胸脚が非常に長い特異的な形態のため、幼生同士が絡みつきやすく脱皮時に胸脚が欠損しやすいこと、飼育水温が24~27℃と高いため、細菌の増殖が活発であり細菌性疾病に罹病しやすいことなどの理由から非常に困難である。中でも細菌性疾病による生残率の低下が大きな問題であり、その防除法の開発が強く望まれている。
2.概要
フィロソーマの好適飼育環境維持技術として、効果的な抗菌処理手法に関する研究を実施しており、自然界に広く存在する安全な物質による疾病防除手法の開発に取り組んだ。いくつかの候補物質について抗菌性に着目して検討した結果、食品加工で広く用いられているグリシンが、比較的低濃度でも海水中に常在する細菌の増殖を抑制することが判明した。イセエビフィロソーマの飼育用海水中に常在する一般海洋細菌は、グリシン20ppm以上の濃度で増殖が抑制され、なかでも甲殻類幼生の飼育で頻発する細菌性疾病の原因菌として知られるビブリオ属の細菌に対しては10ppm以上で強い増殖抑制効果があった(図1)。
また、ふ化から稚エビまでの幼生期全体を通してグリシンの有効性を明らかにするための飼育試験を実施した。その結果、定期的にグリシンの浸漬処理を行うことで、抗菌性を比較するために用いた抗生物質(アンピシリン)と同等の高い生残率(図2)及び成長(図3)を得ることができた。
グリシンの使用濃度はフィロソーマ幼生のふ化から150日までは50~200ppm、それ以降は100~200ppmが効果的であり、5~7日間隔で15時間の浸漬処理(止水飼育)を行い、フィロソーマが脱皮する時刻にはグリシンの脱皮への悪影響を避けるため、飼育水中にグリシンが残存しないように流水飼育を行う方法が有効であった。
3.今後の研究の展望
今回、アミノ酸(グリシン)を飼育水中に添加することで高い生残率や成長が得られたことから、グリシンを用いた飼育方法は、本委託プロジェクト研究の最終目標である「ふ化から稚エビまでの生残率の飛躍的向上」に大いに貢献できるものと期待される。
甲殻類幼生の中で最も飼育が困難とされるイセエビのフィロソーマ幼生でアミノ酸により細菌性疾病を防除することができたことから、他の甲殻類幼生の飼育への応用についても今後検討したい。
なお、本研究の内容は、3月27日~31日に東京海洋大学で開催される日本水産学会大会で発表の予定である。また、グリシンを用いたイセエビ幼生の飼育方法は現在特許出願中である。
用語の説明
【 グリシン 】
グリシンは自然界に多く存在しているアミノ酸の一種で、アミノ酸の中でも最も簡単な構造をしている。グリシンは、中性で水溶性であり、強い甘味を示す。
【 フィロソーマ 】(写真1参照)
イセエビ類、セミエビ類、ウチワエビ類の幼生で、体は扁平、透明で、クモを平べったくしたような長い胸脚を持っており、胸脚には羽のような遊泳肢がある。イセエビでは、ふ化直後の体長が約1.5mmで、30回前後の脱皮により約30mmに成長した後、プエルルスに変態する。
【 プエルルス 】(写真2参照)
イセエビ類のフィロソーマ幼生が変態した後の稚エビ直前の幼生で、透明なエビの形をしており、別名ガラスエビとも呼ばれる。プエルルスの体長は約20mm、期間は2~3週間であり、徐々に色素が出現して1回の脱皮で稚エビになる。
【 稚エビ 】(写真3参照)
成エビの形態的な特徴を示すまで成長した段階で、プエルルスにはない色素の沈着や外部形態を備えている。