プレスリリース

平成19年3月26日
元気に育つウナギ卵を遺伝子で見分ける-健全なウナギ種苗の生産に向けて新たな一歩-
(別紙資料)


【背景・ねらい】
 水産総合研究センター養殖研究所では、人為的に稚魚を育てることが極めて困難なウナギの種苗生産技術の開発に長年取り組んできた。その結果、これまでに世界で初めて受精卵から養殖種苗となるシラスウナギまでの人工飼育に成功している。しかし、現状ではシラスウナギになるまでの仔魚の生残率は極めて低く、養殖種苗の供給には至っていない。
 この主な原因の一つに、仔魚期に高い頻度でみられる様々な形態異常があげられる(図1)。これらの異常は、卵質、飼料、飼育環境等の要因によって引き起こされると考えられているが、その発生機構についてはほとんどわかっていない。
 近年、発生学の分野では、モデル生物を用いた研究によって、核遺伝子とは別に未受精卵の中に含まれる母親由来の遺伝子(mRNAで構成され、母性効果遺伝子と呼ばれる)が、受精後の体の形づくりに非常に重要であることが明らかとなっている。したがって、ウナギの形態異常を解明するにあたって、この母性効果遺伝子は非常に有効な指標となりうると考えられる。
 しかしながら、ウナギを初めとする増養殖対象魚種においては、母性効果遺伝子に関する知見の集積は今なお極めて不十分なのが実状である。そこで本研究では、形態異常の発生機構を明らかにする手始めとして、母性効果遺伝子のうち「ウナギ仔魚が元気で育つ卵に多く含まれる遺伝子(良質卵関連遺伝子と命名)」の単離を行った。これら遺伝子の単離によって、ウナギ卵由来の形態異常発生原因の解明やそれに基づいた新たな卵質診断技術の開発が可能となると考えられ、ひいては仔魚の生残率の向上に繋がるものと期待できる。


【成果の内容・特徴】
 実験ではまず、人為催熟技術によって得られたウナギの未受精卵を一部保存し、残りを用いて人工授精を行った。受精後、ふ化したウナギが餌を食べ始める時期(受精後10日目)まで飼育を行い、形態異常が少なかった群を「良い卵」、形態異常が多かった群を「悪い卵」とした。次に、「良い卵」と「悪い卵」の由来となるウナギ未受精卵を用いて、サブトラクション法によって、両者の母性効果遺伝子の間で量的に差のある遺伝子、すなわち良質卵関連遺伝子の単離を試みた。その結果「良い卵」で多く含まれている約1200種類の良質卵関連遺伝子を単離することに成功した。さらに、マイクロアレイ法を用いて、別のウナギ親魚由来の「良い卵」と「悪い卵」を用いて、両者の間で量に差のある良質卵関連遺伝子を調べた(図2)。その結果、「良い卵」と比較して「悪い卵」では、14種類の良質卵関連遺伝子の量が半分以下に減少していることが判明した(表1)。また、これら遺伝子のほとんどが現時点では機能不明の遺伝子であった。
 これらの結果は、形態異常が出現する「悪い卵」では、特定の良質卵関連遺伝子の量が少なくなっている可能性を示すものであり、未受精卵の段階での卵の良し悪しの診断に利用可能であることが推測された。


【今後の課題・展望】
 これまでウナギでは、上顎の欠損、下顎の欠損等の様々な形態異常が発症することが明らかとなっている。このため、良質卵関連遺伝子量の低下とそれぞれの異常との関連性を調べることで、卵質診断技術としての本法の適応性や限界性を検証することが必要である。
 
 なお、本研究の内容は、3月27日~3月31日に東京海洋大学で開催される日本水産学会大会で発表予定であり、成果の一部である良質卵関連遺伝子を用いた魚類の卵質診断技術については特許出願中である。


<用語説明>
・mRNA
 タンパク質を合成する際の設計図となる配列を持ったRNA。伝令RNAとも言う。

・マイクロアレイ法
 スライドグラス上に数千から数万個の遺伝子を貼り付けたDNAチップを作製することで、検体中のそれらの遺伝子の量や種類を一度に調べる方法。検体の遺伝子はあらかじめ蛍光色素で標識しているため、その蛍光強度を測定することで遺伝子量の変化等の解析が可能となる。

・サブトラクション法
 2種類の異なる組織、あるいは異なる状態にある同じ組織等の間で量的に差のある遺伝子(mRNA)を引き算の原理で見いだし、効率良く遺伝子をクローニングする方法。